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孟鶴堂 “文玩について”試訳

中国の相声役者である孟鶴堂さんが文玩についてエッセイを書いたので訳してみました。原文は2024年4月28日付けのWBです。
*文玩=文房四宝とそれから派生した文物

2024年4月28日付けのWB

文玩について、私はそれらに初めて触れた時、どうしてこれが人を惹きつけるのかわからなかった。自分の物としてクルミを手にするまでは!

于先生は文玩の専門家として著名らしい。クルミの解説をしているbilibiliから。

《クルミ》
私はまだ覚えていて、あれは2010年、具体的な日にちははっきりしないけれど、ちょうど秋に入ったばかりのころだった。師匠・郭徳綱先生と義父・于謙先生の特別公演ツアーで場所は大原市(山西省)。当時の私は学校を卒業して徳雲社に来たばかりで、郭先生に弟子入りして芸事を学びながら于先生のアシスタントになり、また学んでいた。 郭先生は仕事の後、読書が趣味で、いつも私たちに尽きない話をしてくれた。于先生の楽しみは文玩で、どこの都市に行ってもご当地の文玩マーケット(骨董市のような催事?)を訪ねた。この時も例にもれず師匠はホテルで読書に集中し、私は于先生のアシスタントとしてマーケットに同行した。一行には郭先生のアシスタントの王海さんや孫越さん、栾雲平兄さんもいたと記憶している。 実はその時、内心抵抗があった。と言うのも、自分はまったく興味がなかったし、見てもわからなかったし、最も重要な事は早起きしなければならない! なぜならマーケットは午前中に開かれるから早起きしないといけない。 マーケットに到着するとまず朝食で、注文はたくさんある。「包子を10個、油条を8本、おぼろ豆腐を4椀、油餅も美味しいからいくつか」……とこれ全部で孫越さんの一人分!。実際私は朝食を食べていなかったけど、文玩マニアはこういう朝食が好きなのだろうと思った。


初めてのクルミは左の于謙先生から贈られた。右は孟鶴堂。
2024年5月欧州巡業でのスナップ。WBより


とにかく皆が今日はどんな良い物に出会えるか考えていた。けど、私はそれと関係ないことばかり考えていた。彼らは朝食の時間も惜しいらしく一目散に古式ゆかしいマーケットに入っていった。
あらゆるものが眩しく並び、活気に充ちている。于先生と孫越さんは専門家で、私たちはその熱心な様子を後ろから眺めていた。マーケットはさほど大きくはないが彼らのペースでは二日かけても見回り切れない。基本、亀のスピードだから! 何を買うでもなく彼らは足を留めて品物をみていて、容易には買わない。
遂にクルミを売る店にたどり着き、皆は買うことにした。私のうろ覚えだけれど他所よりコスパが良かった。皆、クルミの品定めをして、一人一人自分の好みの物を選んだ。実は私も気に入った一対のクルミがあった。どういう心理だったのだろう。自分でもわからない。もしかすると集団心理なのかもしれない。しかし手元不如意で、しかも良いなと思ったことすら黙っていた。
この時の于先生が私の心のなかにハイライトとしてある。于先生は観察力があり、几帳面で、決して周囲を不快にさせない人物と、誰もが言う。于先生を通して私は初めて「心の知能指数」を学んだ。
于先生:孟仔(モンチャイ、義父はいつも私をこう呼んだ)お前さんもどれか選びなさい。
私:わからないから要りません。
于先生:私がプレゼントするからお前さんも仲間に入れ、入れ。
私はとても興奮して、慎重に割合小さいのを選んだ。
于先生:小さいのが好みなのかい?
私:自分は手が小さいし、大きいと落としやすいから。
実際はほんとにわかってなくて、小さいものは安いし于先生に散財させるのは悪いと思っていた。
于先生:そうだな。昔は自分の手の大きさに合わせてクルミを選んだものだ。今はやたらに大きいものを求めるのと違って…。
于先生は私が持っていた一対を手に取り、店主に返すと、この大きさで最高クラスの物を全部出すように言った。最高クラスの最高を選ぶ。これを「悶尖獅子頭」といった。品質はとても良かった。皆が確かにこれは良いと言った。目がつんでいて、程よい重みがあり、一見して得難い素晴らしい物だとわかる。こうして自分にとって初めてのクルミを手に入れたのだけれど、ただ所有しているというだけで他に何も思わなかった。では、何が私の感覚に火をつけたのだろうか。

兄弟子の栾雲平


それは栾兄さんだ。彼もその時クルミを買った。兄さんが「二年後、俺が買ったのとお前さんのと比べっこをしよう。どっちがよく手入れしてクルミの風合いをよくしているか、どっちに人気が集まるか」と言った。ゲームアカウントを開設してアップグレードを競うのと同じように、誰がより早くアップグレードできるかを競う、これを面白いと自分は感じた。この、私にとって初めてのクルミをとても大切にして、以来ずっと風合いをより磨きあげようと丹精している。二年後、私のと栾兄さんのを比べっこするとき…ハハ…彼はもうそのクルミを失くしてしまったのだ。

その後、私は多くのクルミを買った。文玩には切手収集のような、コレクションする楽しさを覚えて、全部欲しくなる。なので、今ではクルミ、扇子、遊び瓢箪、腕輪(数珠)、竹の小物をそれぞれいくつかずつ持っている。

(竹子に続く)


相方の周九良(左)と、孟鶴堂(右)
原文。クルミの部分


2017年2月のニュースサイト毎日頭條から文玩市場の様子

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