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月にむらくも 花にかぜ 前日譚 vol3

次の揺れはいきなり来た!
あまりの激しさに立っていられない。よっちゃんと私はその場にしゃがみ込んだ。
逃げなきゃ!
分かっているが身体が岩になっている。
「何やってんだ!来い!」
誰かが二人の手を引いてくれた。
転がるように私らは外へ出た。
手を引いてくれたのは同じクラスの斉藤君だった。
痛いほど手を引かれ、私たちは外へ出た。
外の光は眩しく、それが私にはひどく嬉しかった。
良かった!外だ!
地震の怖さが薄らいでいくのがわかる。
もう揺れは来ないだろうと根拠のない自信も湧いてくる。
もう終わったんだ。良かった。
安堵の気持ちで一杯だった。
「ひどい揺れだったな。怪我ないか?」
「うん、大丈夫。」
「私も。」
「良かった。」
斉藤君は小さな声でボソッと言い、照れたのか横を向いた。
「わざわざ来てくれたんだ。」
「斉藤が引っ張ってくれなかったらヤバかったよ。」よっちゃんもほっとしたようだ。
二度目の揺れは思ったほど強く無かったけど、動けない私らを助けてくれた斉藤には感謝だ。
「お前ら、俺に感謝しろよな!」
今度は、ことさら大きな声で斉藤が胸を張る。
はいはい感謝してますよと心では思いつつ、
「余計なお世話だし。」
と答えてしまった。
斉藤には申し訳ない気持ちでいっぱいだったが、なぜかむず痒く素直にありがとうが言えない。
ちらっと見ると斉藤は少し切なげな顔で下を向いた。
胸の奥がチクッと痛くなった。
罪悪感?
校庭では先生が学年別に生徒を集合させ点呼をとっていた。
運動会みたいだなと不謹慎にも思ってしまった。
きっといつものように地震は大したことはないはず。
ちょっと大きな避難訓練みたいなもんだと私は思った。
校舎を見ても普段と変わらない。
被害などありそうもない。
もちろん、多少物が落ちたりはあったのだろうが。
今日はこれで下校になるなと嬉しくなったが、給食のヤムニョムチキンは残念で仕方ない。
メニューをもらった時から楽しみにしていたのだから、そう簡単には諦められるはずもない。
今からでも給食にならないかなと心から願った。
お腹もすいている。この上なくすいている。朝、ヨーグルトくらい食べるんだったと後悔した。
被害が無いなら今からでも
戻って給食にすればいいのにと思ってしまう。
とはいえ、大人しく学年の列に収まり、山下先生の指示を待った。
が、なかなか指示は来なかった。
「どうしたんだろうね?」
よっちゃんに聞くが、彼女も首を横に振る。
「分かんないよ。待つしか無いんじゃない?」
「ユリは給食が気になるだけだろ?」
斉藤はホントに余計なことばかり言う。さっき感謝したり申し訳なく思ったりしたのはもう無しだ。無し、無し。
斉藤はやっぱり斉藤でしか無い。
ウザイやつだ。
よっちゃんと深い深いため息をついた。
それは、斉藤黙れ!
の合図でもある。
そんな私のお気楽な想いを他所に、先生方はみるみる顔が青ざめていく。
なんだろう?
不安が高まっていく?
まだ帰れないのだろうか?
今は揺れていないし、被害も大きく無さそうなのに?
何かあったのだろうか?
無性に帰りたくなった。
何故だか分からないが不安が募る。
ママに会いたい。
パパに会いたい。
弟に会いたい。
家族に会いたい。
ここにいたくない!
「よっちゃん!私家に帰りたい。」
よっちゃんも同じ気持ちだったみたいだ。決意を込めた顔で彼女はうなづいた。
「行こう。ユリちゃん!」
二人は手を繋いでこの場を抜け出した。
遠くから山下先生の声がしたが、無視してしまった。
早く家に帰らなきゃ!
その思いしかなかった。
私の家はよっちゃんちに行く途中にある。
この角を曲がれば家が見えると嬉しくなった矢先、よっちゃんに強く手を引かれた。
「ユリちゃん、あれ、見て!」
よっちゃんが指差す先にはぶつかり合った4、5台の車があった。
車からは煙が出ている。
クラクションが鳴り響く。
「これ、地震のせいかな?」
よっちゃんの目に恐怖が走る。
答える代わりに私は走り出した。
一秒でも早く家に帰りたくなったからだ。
嫌な予感がする。
当たらなきゃいいと願う。
角を曲がると家が見えた!

次回 vol.4をお楽しみに

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