私はカブトムシ
退院する日がついにやってきた。
退院デイである。
ハッピーデイズである。
もう一回、夢かい!である。
入院した時はいつ退院できるかなんて分からなかった。ただ、尿管に繋いだ管が外れ、モニターが外れ、点滴の線が外れるに連れて、素人の自分でもなんとなく退院が近づいてきたのかなと思っていた。
ちょっと前までは、医師や看護師さんが頻繁に私のベッドに来て様子を見てきてもらえていたのだが、放置されはじめていたことも、もう大丈夫だと思われている証拠なのだなと捉えていた。
ただそんなのんびり病室で暮らしている私に、医師の先生が胃カメラだけはやって帰って下さいねと言うのである。
私は「嘔吐反射が強い種類の弱くてみじめな人間なのでそれだけは勘弁して下さい、お願いいたします」と懇願したのだが、先生は「ちゃんと検査したら帰れますよう」と駄々っ子を懐柔するように言う。
しかし検査当日になると、胃カメラ用の麻酔が気持ち良くて、意外と苦痛じゃなく胃カメラが済み、結果もそれほど悪くなかったので先生から「そろそろ退院しよっかー」というありがたい言葉をいただいた。
一番体調が悪い時はゼリーしか食べられなかった。
その時にお見舞いにきた私の妹は「お兄ちゃん、カブトムシになっちゃったみたい!」と面白がられていたのだが、ようやく人間らしい暮らしができる。
これはすごく嬉しかった。
入院暮らしもそこまで悪くはなかった。
下にあげるのは、入院中の食事で美味しかったものである。カブトムシから脱したときのご飯だ。
ベッドに寝てるいると、何もしなくても食事が出てくるなんて夢のような環境であった。
写真が相変わらず下手なのは、前のアカウントの「しろ」時代から一緒なので許して欲しい。
だいぶ回復してからは、こんな美味しそうな食事を病院で取れていたのである。ゼリーしか食べられなかったカブトムシには望外の幸福である。
こんな美味しいものを食べれたことは、生涯忘れることはないでしょう、と思いつつありがたくいただいた。
そして退院当日である。
10時までに病院を出るということで、9時半に妻が迎えに来てくれることになっていた。
私は6時には起きて、7時には荷物をすべでまとめて、ベッドで正座をして退院できるのをいまや遅しと待っていたのである。
でも妻は来ない。9時半と約束しつつ、9時くらいにはくるかなと甘い気持ちをもってドキドキしながら待っていたのだが来ない。
そうすると9時半ちょうどに妻から電話がきた。「今から行くねー」と一言だけの電話であった。
9時半に来るんじゃなかったのかい、と言いたかったが、入院して迷惑をかけているのは私である。「ありがとう、待ってるね」と伝えて電話を終えた。
妻は病院に10時過ぎにつき、「帰るよ!」という強い言葉とともに私はミニバンに乗せられた。
入院生活の方がひょっとしたら自由なのかもしれない気がした15の夜であった。
おしまい。