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SHIROの「まちづくり」はこうして始まった


「みんなの工場」をつくった理由

生活をしているなかで、「探しているものは、意外と近くにあった」なんて経験をしたことが、誰しも一度はあると思います。

経営も同じです。SHIROは砂川にある「みんなの工場」を設立する以前、千葉や静岡など関東近郊のエリアに新しい工場の建設を計画していました。本社のある東京から近い距離にあるほうが、輸送や採用の観点で、経営しやすいからです。

合理的に考えれば、関東につくる方が良い。それでも、ずっとモヤモヤしたまま決断できなかったのは、なんだか燃えなかったから。SHIROの製品は砂川の空気や水から生まれていて、だからこそ世界中の人々に使っていただけると本気で信じています。そのため、どうしても関東につくるイメージができませんでした。

どうすればSHIROらしい工場をつくれるのか、ずっと考えていました。そんなタイミングで、ふと思い出したのが、SHIROの前身であるローレルの創業者が、砂川に広い土地を購入していたことでした。

「もしかしたら候補地になるかな?」と可能性を感じて足を運んでみると、何もない、広大な土地が広がっていました。敷地の周囲は田んぼや山に囲まれていて、立って深呼吸をするだけで、とても心が落ち着く気持ちの良い場所です。心が躍りました。

この場所にたくさんに人が集まる素敵な工場をつくりたい。そうすれば、ブランドの原点になった砂川への感謝を、形にして伝えられるかもしれない。

何もないけれど、何でもできそうな広大な土地を眺めていたら、アイデアが泉のように湧いてきました。探していた答えは、私たちのルーツである、砂川にあったのです。

コロナ禍になる以前、SHIROを世界に通用するブランドにしようと、有名ブランドの1号店や工場を訪れる旅に出ていたことがあります。

例えばロクシタンの工場は、南フランスのプロヴァンスにあり、決してアクセスがいいとはいえない場所に立地しています。それでも世界中からたくさんの人が集まっていました。言葉は通じないけれど、空気感を全身で楽しみ、ブランドの歴史に触れ、とても賑わっていたのです。

私は、砂川をそんな場所にしたいと思いました。

ふてくされていても、何も変わらない

コンセプトは「みんな」でつくること。「みんな」が足を運べるような場所にすること。だから、プロジェクト名は「みんなのすながわプロジェクト」にしました。

SHIROの工場であることはもちろん、砂川内外から人が来て、お買い物ができたり、食事ができたり、ちょっと一息つけたりする。そんな場所にしたいと思っていました。

砂川に「みんなの工場」をつくると決めて、砂川市役所に相談をしました。どんな機能が必要か、地域のみなさんと一緒に考えたかったので、地元の商工会にも声をかけました。

私の意見を聞いてくださったみなさんは、おおよそ賛同してくれました。当初は、「砂川が盛り上がるんだから、やっぱり皆、ワクワクするものだよね」とスムーズに進みそうな感触を得たことを覚えています。

ところが、プロジェクトは想像していた以上に難航しました。というのも、当時の私はまちづくりができることがとにかく楽しくて、話を聞いてくださる方のちょっとした肯定すら、まるで大賛成しているかのように勘違いしていたのです。相手が言葉に詰まっていたとき、きっと感激しているのだろうと思っていたら、実は突然の提案に戸惑っていただけだったのかもしれません。

そのことに気がついたのは、仲間を募って「みんなのすながわプロジェクト」を開始した後になってから。プロジェクトに入れ込んでいるのは私ほか数人だけで、多くの人はどう関わるべきか距離感を測っていたのだと思います。

活発な議論が起こるわけでもなく、進みも遅い。ある方からは、「そもそも、砂川にたくさんの人を呼びたいなんて言った覚えはない」とも言われました。

私はメンバー全員が肯定的な意見を持っていると信じていたので、心が折れかけました。「本気なのは私だけじゃん」って。

その理由は、今になればわかります。私は、世界中を旅してさまざまな景色を見てきました。ロクシタンの工場を目当てにフランスの小さな村を訪れている光景が記憶に刻まれていますが、多くの人はそうではありません。プロジェクトの完成図を共有できていなかったのです。

それでも、プロジェクトはすでに動き出していて、途中で放棄するわけにはいきません。どう進めるべきか。

悩んだ結果、私は一度砂川を離れることにしました。日本各地に点在するまちづくりの素晴らしい事例を学びに行くことにしました。

地方をめぐるこの旅は、たくさんの学びを与えてくれました。とりわけ印象に残っているのが、滋賀県にある和菓子のたねや、 バームクーヘンが有名なクラブハリエの「ラ コリーナ 近江八幡」さんと、富山県の鋳物メーカー「能作」さんです。

ラ コリーナさんには、おいしいお菓子と豊かな自然を求めて、年間300万人以上もの観光客が訪れています。たったひとつの会社が、行政の力も借りず、自分たちの力だけでこれだけの人を呼んでいるなんて…。並大抵の労力のかけ方では、実現できないことだと思います。

能作さんは、見学ができる素敵な工場をつくり、施設には富山の地元食材をふんだんに使用したごはんが食べられるカフェが併設されています。工場を訪れたことがきっかけで、人口が増えたり、職人を目指す人が増えたりしたという話を聞いて、「私がやりたいことはこれだ!」と理解が深まりました。

ふてくされていたって、仕方ない。拗ねていたって、何も進まない。とにかく諦めず、一人だったとしても、やってみることにしました。

最も大切な「情熱」の力

プロジェクトを再始動するタイミングで、全国からプロボノとして参加してくださる方を募集しました。「みんな」の範囲を砂川に限定せず、日本全国に解放してみるチャレンジです。

すると、全国各地からたくさんの方が参加してくれました。北海道の小さなまちに、わざわざ九州から駆けつけてくれた人もいたほどです。

プロボノとして参加してくださった方の存在は、本当に励みになりました。私たちのまちづくりに、無償で時間を使ってくれる人がいるなんて…という感動には、何度も背中を押してもらいました。

すると、今度は砂川の人たちにも変化が起きました。「砂川のために、こんなにも頑張ってくれる人がいる」という事実、プロジェクトが一気に進んでいく様子が、市民の心に火をつけたのです。

私の情熱から始まったプロジェクトは、およそ2年にわたる大規模なチャレンジになりました。幾度となくぶつかった大きな壁を乗り越えられたのは、たくさんの方にご協力をいただけたこと、そして情熱がどんどん伝播して、みんなの情熱になったからです。

最初は賛同者が少なくても、ずっと続けていれば情熱が波及してどんどん広がっていく。だから、本当にやりたいこと、必要だと思うことは、絶対に諦めてはいけない。「みんなのすながわプロジェクト」から、情熱を持ち続けることの大切さを学びました。

簡単な道のりではなかったからこそ、無事に「みんなの工場」をオープンできたことは、本当に嬉しかった。あくまでオープンはスタート地点に過ぎないけれど、あのときの感動は言葉にできません。

動物だって「利用OK」

「みんなの工場」は当初、子どもの居場所にもなる施設にする予定でした。プロジェクトを立ち上げるきっかけのひとつが、「日本を、もっと子育てしやすい国にしたい」という私の想いだったので。

でも、考えてみると、砂川は大人にとっても居場所の少ないまちです。砂川だけでなく、地方の「あるある」だと思いますが、「自分だけの居場所」は車の中くらい、というケースは少なくありません。

職場と自宅を往復する生活で、東京のように街中にカフェもほとんどなく、一息つける場所がありません。唯一、安らげる場所が車の中。私も東京に来るまで、一息つきたいときは、車の中でぼーっとしていました。

そんなことを思い出して、考え方を変えました。「みんなの工場」は「みんな」のものだから、子どもの居場所にも、大人の居場所にもなる空間にしたいと思ったのです。

「みんなの工場」には、施設内に区切りのない大テーブルが設置してあります。長くて大きいテーブルと椅子が何脚も連なって置かれているだけで、用途は決まっていません。

カフェで購入したコーヒーを飲んでも、何も注文せずに読書をしても、仕事場として使っていただいても構いません。もちろん、入場料もいただきません。

ペットと一緒にお越しいただくのも大歓迎です。もし施設の中でトイレをしてしまっても、みんなで掃除をすればいいだけ。「みんなの工場」は「みんな」のものだから、動物も排除しません。

会社の利益は、預かり物

こうした施設をつくるためには、もちろんお金がかかります。社長をしていたときは、経営を何よりも優先して考えていました。それが社長の役割だと思っていて、SHIROを成長させることが自分の使命だと感じていました。社長のままであれば、「みんなのすながわプロジェクト」は実現していなかったかもしれません。

社長という肩書を外したことで、考え方が変わりました。利益が出るのは、お客様がSHIROの製品を購入してくれたからです。その製品は、地球からのいただきものでつくられています。また、お客様と私たちが出会えたのは、いくつもの偶然が重なった結果です。

そう考えると、SHIROが生み出した利益は、社会全体の利益の一部をお預かりしているに過ぎません。お預かりしているだけなのであれば、そのお金は自分たちのためだけに使わず、ちゃんと社会にお返しすべきです。

だから私たちは、社会のためになるならば、工場をつくることにしました。砂川に世界中のみんなの居場所をつくって、利益を還元していくこともそのひとつです。

チャンスがあれば、ぜひ施設に立ち寄ってみてください。そのときは、仕切りのない大テーブルで過ごす時間を体験してください。誰も排除することなく、「みんな」が集える場所にしたいという私たちの想いが、きっと伝わるはずです。

*みんなの工場
*みんなのすながわプロジェクト

(編集サポート:泉秀一、小原光史、バナーデザイン:3KG 佐々木信)

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