マズローの欲求階層説に基づく「アバターを着る」という着装行動の分析

ばーちゃる心理職の白野えんらです。物理現実では臨床心理士として働いています。今回のテーマは「欲求」です。何故、バーチャル社会でアバターを纏うのか、纏い続けるのかをマズローの欲求階層説に基づいて分析をしました。皆さまご自身が「自分は何でVtuberになったのだろう」と思い悩んだときに、振り返る際の足掛かりとして、本記事がお役に立てれば幸いです。

本記事を書くのに参考にしたのが、服飾心理学における「着装行動と欲求の分類」です。私たち人間は様々な理由で服を纏います。ある時は寒さをしのぐ為、ある時は社会的なマナーとして、ある時はファッションとして。そしてその裏には欲求が存在します。同じように私たちがアバターを纏うのにも理由があり、欲求が存在すると仮定したのが今回の分析になります。あまり前置きが長くなってしまうのも退屈だと思いますので、そろそろ本題に移ろうと思います。「着装行動と欲求の分類」「服飾心理学」についてもっと詳しく知りたい方は下記リンクの書籍をご参考ください。今回の記事の核にもなっています。

マズローの欲求階層説について

マズローは人間が持っている欲求を「人間の動機づけに関する理論」の中で、5つに階層化された欲求として解説しました。

食事、睡眠といった生きるための「生理的欲求」
身の安全や不安・混乱から解き放たれたいと思う「安全欲求」
孤独を避け、共同体の一部になりたいと思う「所属と親和の欲求」
他者あるいは自分自身に認められたいと思う「尊厳と承認の欲求」
そして、能力や可能性を生かし自分らしく生きる「自己実現の欲求」
これらの欲求は階層化され、低次の欲求が満たされることで、より高次の欲求が生まれるようになるというのが、マズローの欲求階層説の簡単な説明です。

「欲求」と「行動」について

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私たちは「欲求」に基づいて様々な「行動」を起こします。生きるために食べて眠り、安定して生活するために労働し、そして友人を作ったり自己研鑽に励んだりしてきました。今まではこうしたことは全て物理現実の世界で完結してきていましたが、バーチャルな社会の発展に伴い、物理現実だけでなく、バーチャルな社会で欲求を満たすよう行動出来るようになりました。

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このように、物理現実だけで満たせなかった欲求をバーチャルに求めたり、あるいは最初からバーチャルの世界で達成しようと試みたり、欲求を満たすための行動は今や物理現実だけに依存する時代ではないというのが近年のインターネットの発達から筆者の感じているところです。

何故アバターを人は着るのか

それでは、バーチャル社会の中で欲求を充足させるために、人がアバターを着るのにはどのようなプロセスがあるのか、それについて話をさせて頂こうと思います。

例1:趣味の合う友達

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趣味の合う友達が欲しいが、物理現実だけではその欲求が充足されないという架空のケースを例にしてみましょう。彼女は物理現実にも一定数の友達はいるものの、「Vtuberが好きだけど、周りにVtuberについて理解してくれる友達がいない」と欲求を充足できずにいました。そこで、彼女はバーチャル社会でその欲求を満たそうと行動をし、アバターを着るまでに至ったのが以下の図です。

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”Vtuberについて話をするのであれば、個人Vtuber勢と仲良くなるのが良さそうだと考え、自身もVtuberになる”という行動を取った。というプロセスを辿ったとします。その時、「アバターを着る」という行為は「Vtuberという集団に入って親しくなるためにアバターを着る」というエチケットやマナー的な役割を持っています。(アバターがなかったり、物理現実の顔写真がアイコンの人に「私はVtuberです。仲良くしてください」と話しかけられても、警戒してしまいますよね)。

例1ex:Vtuberの自分を他者から認められるようになりたい

所属と親和の欲求が満たされることで、より高次の尊厳と承認の欲求が出てきます。それをバーチャルの社会で、Vtuberとして充足しようと思ったときは、以下のような流れになるとも考えられます。

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尊厳と承認の欲求を満たすための行動は色々と考えられますが、例えばそれが着装行動に現れたとすれば「人よりも良い服を着て認められる」となります。アバターに言い換えれば「人よりも良いアバターを着て、人から認められ賞賛される」という形で満たされます。アバターを更新するという行動を取ることで、他者に「可愛い」と言われたり、投稿が伸びることで承認の欲求が満たさていくという流れです。次の例は似ているようで少し違う例です。

例2:オタ友が欲しいけど、リアルでのオタばれが怖い

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オタ友が欲しいけど、リアルでのオタバレが怖いというケースです。安全欲求を仕事で満たしている彼or彼女が、例1と同じように所属と親和の欲求を得るためにバーチャル社会で行動をしようとしたとします。

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しかし、行動を起こし、もし何らかの要因で物理現実の周囲にバーチャル社会での活動がばれてしまったらどうなるか、と考えた時、欲求と行動に抑制がかかります。上の図はその状況を表したものです。今まで充足していたはずの安全欲求が、満たされなくなってしまったり、所属と親和の欲求が更に不足してしまう可能性があると考えたからです。

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そうなったときに、アバターを着て完全に別人のようなものになれば、バーチャル社会で気兼ねなく活動できるのではないかと思って、アバターを着たとすれば、それは不安や恐怖から身を守る、「物理現実の自分が隠れるため」の着装行動となります。では、今度は2つの例を纏めて紹介しましょう。

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例3は職業として、あるいは副業としてVtuberを始めた例です。これらは安全欲求によるものになります。例4は自己を表現する場としてアバターを纏う例です。それぞれモデラー、イラストレーター系での例ではありますが、欲求によってアバターを着るという行為が持つことの意味が違うことが分かります。

まとめ

以上のようにして、Vtuberになるということを、「アバターを着る」という着装行動に見立てて分析しました。マズローの欲求階層理論そのものが、統計的、科学的に正しくないなどの批判もあり、学術、臨床レベルで耐えうるものであるかは十分に審議する必要があると思いますが、「自身が何故Vtuberになったのか」「何故Vtuberを続けているのか」を振り返る為のツールとしての利用は可能だと考えています。

しかしながら、ここまでアバターを纏う着装行動とその欲求の例をあげてきたものは、あくまで例として単純にしたものであり、実際はもっと複雑に欲求が入り乱れていると思います。そこで、最後に、様々な欲求が複合してアバターを着たケースとして、私自身を分析したものを載せてこの記事を締めようと思います。この記事を読んだ方が、自身の分析をする際の参考になれば幸いです。

次回は「Vtuberのバーンアウト(燃え尽き症候群)と感情労働」の予定です。発表時期は未定ですが、次回もよろしくお願い致します。

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