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「ピンポンダッシュの犯人は・・・」動物エッセイ③

 子どもの頃、弟や近所の友だちと「ピンポンダッシュ」といういたずらをやったものでした。近所のお宅の玄関チャイムを鳴らし、家の人が出てくる前にみんなでワーと逃げるのです。

 今どきの子ども達はやらないようですが、私の頃は、玄関チャイムのある家の方が珍しかったので、何か閉ざされた特別な世界へのあこがれ、見つからないようにダッシュで逃げるあの緊張感が魅力だったのでしょう。
 叱られたことは一度もありませんでしたが、そのお宅はどんなにか不愉快な思いをされたことでしょう。

 一昨年の初夏の頃、わが家も同じ被害を受けました。しかも真夜中に。
 2階の寝室で眠っていた私は、♪ピンポーン と鳴った音ですぐに目覚めました。時計を見ると2時半です。不気味に思い、じっと聞き耳を立てていましたが、車や自転車が走り去るとか、逃げる物音がするとかが全くありません。
 夫はベランダから下の玄関を覗きこんだ後、確認のために階段を下りて行きました。しかし、すぐに戻ってきて、
「うーむ、誰もいない。不思議だ。」と言いました。

 再びチャイムが私たちを起こしたのは、早朝5時。今度は私も飛び起きて、ベランダへ出てみましたが、また何の気配もないのです。
 チャイムが壊れたのではないかと、数回鳴らして確認するも、別に問題はなく・・・。でも、なんらかの理由づけをしなくては、気持ちの落ち着かない私たちは、「玄関チャイムの誤作動」ということに決めたのでした。

 被害はその時限りでしたが、1年後の夏、私は犯人を特定するにいたりました。犯人はきっとヤモリです。玄関のレンガの壁に大きなヤモリを発見したのです。
 ヤモリはトカゲに似た爬虫類ですが、手足の指が特別に発達していて、垂直面や天井さえも、ペタペタと自由自在に走り回れます。日本のヤモリはおもに人家に住み、昼間は天井裏や壁の隙間などでじっとしていますが、夜になると灯火に集まるガなどを食べに出てきます。

 わが家の玄関灯はレンガの壁にあり、ひと晩中ついていて、その下77センチの所に玄関チャイムがあるので、きっとヤモリがガをねらって移動したさい、チャイムの丸くて平べったいボタンを押してしまったのでしょう。
 あのピンポンダッシュは人間のしわざではなく、ましてや幽霊などでもなく、ヤモリのせいだったのだ・・・。私はそう思うとすっかり嬉しくなりました。

 しかし、この考えに夫も友人たちもみな
「ありえない、ありえない。」
と言うのです。図鑑では、ニホンヤモリは全長10から15センチと載っていますが、私がその時見たヤモリは、20センチはあり、丸々と太っていました。
 私は確信しています。ヤツならきっとチャイムボタンを押せる! と。

 ヤモリは漢字だと「家守」や「守宮」と書き、家を守っている縁起の良い生き物とされています。あの時見た大きなヤモリは、あの貫禄からしてわが家の〝守り主〟でありましょう。
  都城文化誌『霧』76号掲載(2004年12月)

2004年の自作のアート
「ヤモリの脱皮(ところで君自身の脱皮は完了したのかい?)」
かるかる紙粘土で8体のヤモリを作り、時計回りに脱皮の様子を表しました。
アクリル絵の具、クレパス、発泡スチロール、白ストッキング等を使用。
サイズ:90㎝×90㎝      制作日数:40日 

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