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言霊屋(ことだまや)〜言葉の「フリー素材」置き場です〜白川美古都
2024年2月29日 08:00
月ノ島中学校は校舎を囲むように桜の木が植えられている。 正面の校門から裏門まで立ち並んだ桜が満開になると、校舎の壁が桜色に見えるほどだ。 三月下旬、桜の蕾は半分ほど開いた。残り半分はふっくらと膨らみ開花の時を待っている。 しかし、一本だけ花芽を付けてない老木がある。 その老木は、校舎の裏で枝の大半を失くしている。用務員の鈴木さんが腰に両手をやった。残念そうに老いた大木を見上げる。 そ
2024年2月28日 08:00
五木詩音は新築マンションの最上階のベランダから、街の光を眺めている。去年は嵐のような一年だった。 両親が離婚して、父方の祖父と同居していた詩音と母は、家を出ることになった。 そんな折に祖父が倒れて、天国の祖母の元へいってしまった。 母は詩音の進学先を決めて、通い易いようにと引越も決めた。「ボク、引越したくないんだけど……」 詩音は遠慮がちに、自分の気持ちを母に告げたが、ヒステリックに怒
2024年2月27日 08:00
月ノ島中学校には発足二年目の雅楽部がある。 杉山玲子は発足当初に入部した一人だ。きっかけは、音楽担当の小川和香子先生に熱心に勧誘されたことだ。 和香子先生は歌うことが苦手だった玲子を勇気づけてくれて、合唱コンクールで、玲子達のクラスを金賞に導いてくれた。 金賞も嬉しかったけれど、もっと嬉しかったのは、松岡美智という唯一無二の親友ができたことだ。 美智とは一緒に入部した雅楽部で活動して、
2024年2月26日 08:00
「大晦日、もうすぐだね」 川本幸樹は、同級生の池下由奈にペチンと頭を叩かれた。一人、足早に下校していたのは今夜の晩御飯を買い出しに行くためだ。「痛いなーっ」 幸樹はふりむいて、幼なじみの由奈をにらむ。 幼稚園からの腐れ縁だ。小学校で四回も同じクラスになって、月ノ島中学校に入学して一年生でクラスメイトだ。 もはや三年間、ずっと同じクラスになりそうな気もする。「ねぇ、コーキ、お婆ちゃん、大
2024年2月25日 11:54
月ノ島中学校と小学校の間の橋の上に、松岡美智は立っている。ギザギザした細い落ち葉と小さなドングリが足もとに散らばっている。 美智は三年生になる前にとっくに進路を決めている。いや、幼い頃から将来なりたい職業は変わらない。 それは、母親と同じ看護師だ。 美智の母はずっと大きな病院で看護師として働いている。今では、看護師をまとめる看護師長だ。美 智は実際に病院で働いている母の姿を見たことはな
2024年2月24日 23:09
月ノ島中学校の十月は、球技大会で盛り上がる。 今年、三年生になった岩崎涼は三回目の球技大会だ。 一年生の時は、芳しくない学業のせいで気持ちがのらなかった。二年生の時は、陸上部で痛めた足の為に見学した。 今回は心身ともに絶好調だ。球技大会の種類はバレーボールとドッジボールがある。 涼はドッジボールを選んだ。 男子用の更衣室のドアを開けると、三組の黒川清の姿があった。 清とは一年
2024年2月20日 11:00
夏休みが終わり九月になった。 月ノ島中学校は本日、授業参観日だ。一年二組の教室の後ろに親が集まっている。教室内の空気が僅かに緊張している。 高橋木葉は自分の席から恐る恐る視線をやる。父親の姿はまだない。 前回、一度目の授業参観は、両親共に仕事で忙しくて来られなかった。 二度目の授業参観は、やっぱり仕事で忙しい母に代わって、父が行くと言いだした。「別に来なくていいから」 木葉は
2024年2月18日 11:56
田村健斗は朝からもう何度も空を見上げている。 晴れた。 天気予報では降水確率0パーセント。 ところによりにわか雨。「母ちゃん、なんで降水確率0パーセントなのに、ところにより雨が降るの? 雨が降らないから0パーセントなんじゃないの?」 健斗が台所にむかって尋ねる。「あんた、まだ夏祭りの心配してるのかい? 雨なんて降りゃしないよ」 母ちゃんは、昼ご飯の準備をしている。 先週、
2024年2月16日 13:27
夢も希望もありゃしません! 七夕祭りの短冊に筆ペンで書き付けられた文字だ。輪郭は震えているが、太くてとても力強い。 今年、八十歳になる祖母の文字だ。「なんなのよ、この短冊は! 飾れやしないわ!」 今井杏果の母は短冊を眺めてあきれている。 母は地域のボランティア活動をしている。 今月は、商店街の七夕祭りの手伝いだ。 母はボランティアの仲間とともに、商店街のアーケードの笹に飾る、短冊を
2024年2月15日 13:15
月ノ島中学校一年生、貴田周は傘をさしたまま通学路でつっ立っている。たった今、女子に告白された。名前も知らない小柄な女子は、いつも見ていました、そう言って手紙を押し付けて走り去った。 周の手には、雨模様の封筒がある。 封筒の裏には、岸和江と名前が綴られている。 我に返って、周は歩き出した。封筒を鞄のすきまに押し込む。 朝の登校時間に余裕はない。こんな手紙にかまっている場合ではない。
2024年2月14日 10:17
今日は、毎年恒例の月ノ島中学校のマラソン大会だ。 全校生徒が参加する。 中学校の近くの緑地公園の池の周りをぐるりと一周するコースだ。コースの途中に七つのポイントが設けられている。体育の先生は生徒らと並走して走る。各ポイントと、ところどころに先生たちが旗を持って立っている。 三年生の小森紬は、持久走大会に参加するのは三度目だ。 一年生の時は、初めての参加で、運動があまり得意でない紬
2024年2月11日 10:37
月ノ島中学校は入学式、始業式と終えて、通常の授業に入った。 如月魁人は二年生の授業を終えて、一人でいつもと違う帰り道を歩いている。少し遠回りして、用水路のそばの畑をのぞきこんで、ため息をつく。 もう、四月上旬だ。土筆は見当たらない。 桜は散り始めているし、日もずいぶん長くなった。 昨日の夜、母と契約をした。土筆一本一円で買い取ってくれる。(一円……、百本で百円か) 魁人は母と
2024年2月10日 10:12
月ノ島中学校の裏門のそばに、楕円形の花壇がある。 今、五十本ほどのチューリップは満開だ。 園芸委員の星崎陽菜はかがんで、チューリップの花びらにやさしく触れる。咲いているのは、赤、白、黄色の三色だけじゃない。ピンク、黒っぽい紫、橙色もある。 昨年末のとても寒い日に、陽菜は先輩と一緒にチューリップの球根を植えた。 あの日も、陽菜はおどおどしていた。 陽菜の悩みは、自分に自信がもてないこと
2024年2月6日 09:36
浜島瑠衣は、最寄りの駅のさびれたフェンスにもたれている。コートのポケットの中には入場券が入っている。瑠衣は電車には乗らない。 ベンチには、親友の佐伯幸助が、どかっと腰かけている。基本、この駅には普通電車しか止まらない。一時間に数本のみ、準急電車が止まる。その準急を待っている。 幸助は、月ノ島中学校の二年生にならずに転校する。 瑠衣が幸助の転校を聞かされたのは昨日だ。 しかも、ポス