見出し画像

『私には間に合わなかったけど、まーがんばってw』~海老原宏美さんの声がする~※2019年参院選応援スピーチ書き起こし付き

タイトル写真は24歳くらいの私。タイの島でレンタルしたバイクで島一周しようとしているところ。しかし、私はこの5分後に転ぶw

私は海老原宏美さんを思い出すとき、なぜか、このハチャメチャだった時代も一緒に思い出す。この頃の私は、無人島で2週間のテント暮らしをしたりして、死ぬならこんなところがいいなあ~と思ったりして、なんとなく生きることが楽になったものだった。

海老原さーん、今度どこかで出会ったら、私のバイクに乗っけてあげるよ。どこに行きたい?『えーやだー、だって5分後には転ぶんでしょw』

今日、海老原さんの所属していた事業所からのお知らせが届いて、次郎の相談支援員さんが変更になるという書面を受け取った。紙一枚なのに、ずしりと重い。ああ、本当に居なくなってしまったんだ。「私は脳内で、あの世の海老原さんと交信しているから相談支援は海老原さんでいきます。」なんて、そんなわけにはいかないか?すると脳内でまた声がする『えーまだ、私に仕事させる気?過労死しちゃうよw次郎には、もう私は必要ないと思うよーw、ついでに次郎にお母さんも必要ないんじゃないww』

海老原さんが亡くなった12月24日に、私は事務所で次郎が新しく使えることになった単独型ショートステイの話をしていた。会報に新規事業のことを書くのに、利用者の声が聞きたいと質問されたからだ。私は、単独型ショートステイを使うようになって、次郎が「ママ、アー」(これ食べる?)などと、気づかってくれるようになった話をした。それは今までになかったことだった。おそらくアテンダントさんとのフラットな関係で、一緒に食材を買いに行って、ご飯を作ったり、食べたりしているからだろう、目を見張るほどの変化にびっくりして、喜んでいると伝えた。この話は、共有のメールを通して、海老原さんも当日見ていたらしい。

海老原さんに、私たちの喜びと感謝が伝わっていたとしたら嬉しい。『これからはまわりの人を頼ってねwみんないい人よw』と言われている気がする。

そうそう、海老原さんお墨付きのチョーいい人wが、「海老原さんと最後に話したことが、やはり、重度訪問の枠の狭さでした。知的障害のある人が地域生活をしたいと思っても、ほとんど重度訪問は適応されず、夜間ひとりで過ごせないとなったら、施設に行くしかない。それをなんとかならないか?とおっしゃってました」むむ、それはまさに次郎のケースではないか?ずっと考えてくれていたことがありがたかった。さらには「次郎君と海老原さんの会話を見ていても信頼関係があって、今思い出しても泣けてくる」と話してくださった。

本当に海老原さんのような人にはもう会えないと思う。一度も私たちを否定せず、上手くいかないことがあれば「自分の力不足で」と詫びた。いやいや海老原さんの所為のはずがない。私たちのあまりの上手くいかなさに、そろそろ関係者に「あの親子が適応性がないんじゃない?」なんて話も浮上している気配の中でも、海老原さんだけは、問題が私たち個人にあるのではなく、社会的な問題なのだと思ってくれた。とことん優しかった。

ところで、次郎は重度訪問の適応外なのだけど、重度訪問が使える人にとっても問題がある。仕事中には介助が使えないのだ。なので仕事をすることを諦めている人も居る。2019年7月参議院議員になった船後靖彦議員と木村英子議員が最初に出した要望が、「重度訪問を仕事中にも使えるようにしてほしい」ということだった。でなければ、国会議事堂にも行くことが出来ないと。それに対して国側が出した答えは、二人の仕事中の介助は雇用主である参議院が払うというものだった。これでは解決にはならない。一般の事業者が障害者を雇用し、さらに介助費用も負担してくれるとは思えない。

だから障害者が働く限界が、介助なしで働けるギリギリの線ということになる。海老原さんも介助者なしで仕事をしていて、同じ姿勢でいなければならず、体の痛みを我慢していたりしたようだ。

船後議員・木村議員をきっかけに、「障害者雇用・福祉連携強化プロジェクトチーム」が設置され、通勤や職場における支援の検討が始められてはいた。2020年10月に始まった具体的な支援策である「雇用施策との連携による重度障害者等就労支援特別事業(長っ!!)」は、市町村が実施主体となる「地域生活支援事業」のひとつで、障害者雇用納付金制度に基づく助成金の拡充策からなる(あくまでも重度訪問は使わせず、こっちを使うように、ってことか?)。経済活動中の介助サービス利用について、雇用施策と福祉施策を連携させる形で認めた制度だという。

しかし、これは始まったばかりで、これから市町村ごとに検討されるということらしい・・・・ある調査によると、質問した半数の市町村がこの施策事態を知らなかったという。これは福祉施策あるあるで、施策は作るけど、誰にも知られないように、そっとしておくというものだ。複雑すぎてわかりにくいし、出来れば使われたくないと思っているのだろう。

こんなややこしいことしないで、重度訪問の制限である厚労省告示「通勤、営業活動等の経済活動に係る外出、通年かつ長期にわたる外出及び社会通念上適当でない外出を除く」を変えればいいだけのことじゃない?てか、これ削除でよくない?今再確認しようと思って厚労省のHP見たら、この文言を見つけることも難しかった~もう、どんどん複雑にしていってるとしか思えない。こんなわかりにくくしていることこそが障害ちゃうん?めっちゃバリアやん!

ああ、二人の重度障害者が国会議員になった2019年7月に職場で介助が使えるようになっていれば、と悔やまれる。海老原さんも少しは楽になっていただろうに・・・・重度化の速度も遅くなっていただろうに・・・。命にかかわることなのに・・・・。

悔しい悔しい・・・と思っていたら、海老原さんの声がした。


『私には間に合わなかったけど、まーがんばってW』


爽やかw・・・もう、がんばるしかないw

こうして障害者自身が命を削って、障害者が地域で生活する権利(地域から排除されてきた歴史がある)や命の権利(生きてていいなんて当たり前なのに)を勝ち取ってきたのだ。自分には間に合わなくても、後に続く人の権利が守られるように闘ってくれた。『私の屍を超えていけw』と言わんばかりに。

※最後に、2019年7月20日(参院選投開票日前日)の船後候補応援の海老原さんのスピーチを書き起こしたので読んでほしい。そこには驚くべきことが語られている。なんと日本は世界でも稀に見るすごい国なんだとか!その理由とは?最後にその動画も貼り付けます。在りし日の海老原さんに出会ってもらえたら嬉しい。

以下↓↓↓↓↓↓海老原さんのスピーチ書き起こし↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓


みなさん、こんにちは!お疲れ様です。今ご紹介いただきました、自立生活センター東大和の代表をしております海老原宏美と申します。私も船後さんと同じように人工呼吸器を24時間365日使いながら、障害のある方々の地域生活獲得のための権利擁護活動というものを日々行っています。


もともと旅が好きでですね、呼吸器を小脇に抱えながらいろんな国に行きました。でも日本ほど人工呼吸器ユーザーの地域生活というものが定着している国は他にありません。あの先進国と呼ばれている欧米でもほとんどの人が『呼吸器を付けるぐらいなら死んだ方が幸せだ』というような社会的な価値観や圧力によって、死に追いやられている、生きることを諦めざるを得ないというような状況が多々起きています。実は日本ってすごい国なんてすよ。すばらしいな、ここに産まれたことをとても幸せに思っています。


どうして日本は、こんなに重度障害者に対する法制度がまだ充分でないにしても整っているのか?最低限整っているのか?私たちはただ口を開けて、手をこまねいて自分たちの地域生活の権利というものが与えられることを待っていたわけではありません。自分たちの姿を社会に晒し、人目に晒し、時には社会から大きな批判を受けながら、浴びながら、命がけで自分たちの地域生活の権利や、命の権利っていうものを勝ち取ってきたんです。(拍手)ありがとうございます。

なぜ、私たちがそれだけがんばれたのか?命を縮めながら障害の重度化を起こしながら、なぜこんなにがんばってきているのか?それは、重度障害者(=)社会のなんの役にも立たない、生産性がないと言われているような私たち重度障害者が、安心して生きていける社会というのは、すべての人にとって安心して生きてゆける社会だということを、私たちが一番よく知っているからです。(拍手)

障害があろうがなかろうが、すべての人は自分の得意なこと、そして苦手なことというのがあります。どういう人が生きる価値が高いとか、どういう人間は生きる価値がないとか、そういうことではなくて、すべての人が、自分の得意なことを生かし合い、そして苦手なことを補い合い、そういう風に支え合うことで、社会全体として丸っと丸く上手くいけば良いじゃないかということを、一番知っているのは私たちなんです。(拍手)

障害者は障害者の為だけに運動してきたことはありません。すべての人が生きやすい社会を作りたいと思ってずっと運動を続けています。そして出来る人も出来ない人も、どんな人でも地域の中に居ていいじゃないか、というようなインクルーシブな社会というものを作って行くための、最も効果的な方法というのは、頭の柔軟な子どものうちから多様な特性を持った人たちが、共に学び合い、共に育ちあうようなインクルーシブ教育というものを実践してゆくことが一番いいと私は思っていて、今インクルーシブ教育の活動をがんばっています。(拍手)

子どもはとても頭が柔軟です。そして吸収もします。あっという間にどんな特性の人も受け入れて溶けあっていくんですね。子どもの力はすごいです。
でも、大人はどうでしょうか?特に未だ、障害者差別解消法の対象外となっている国会の中に居る大人はどうでしょうか?頭かたい、頭の凝り固まっているような、そういう人たちが居る大人の価値観、意識を揺さぶり、かき回し、覆し、そして変革してゆくためには、船後さんたちのような最重度を極めた重度障害者を国会の中に投入してゆくことが、やっぱり一番効果があるんじゃないかと思います。(拍手)

選挙前の最後の戦いの日となっておりますけれども、当選してからが本当のスタートです。当選した暁には船後さんたち重度障害者に国会の中でおおいに暴れていただきたい。そして、特定枠の二枠に、この最重度障害者を据えて、代表自らはその下に身を置くというような戦略、覚悟をとったれいわ新選組、本当にあっぱれだと思います。(拍手)

選挙前のこの熱が、冷め続けないように、ずっと維持していけるように、当選後もずっと応援を続けていきたいと思います。がんばりましょう。ありがとうございます。(おわり)

海老原宏美さんのスピーチ(1:30:50 から1:36:55まで)


ここまで読んでいただき本当にありがとうございました。


書くことで、喜ぶ人がいるのなら、書く人になりたかった。子どものころの夢でした。文章にサポートいただけると、励みになります。どうぞ、よろしくお願いします。