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ママがボクになりすまし日記?!


1.自己紹介

ボクの名前は次郎。1994年生まれの25才。知的障害者だ。よくわからないけれど、いやな呼ばれ方だ。ボクはボク。次郎だ。そこのところ、よろしく!!
 ボクの最新(2014年)の診断は、「MA(精神年齢)3才 IQ18 SA(社会生活年齢)2才7月 身辺自立2才10月 移動2才4月 作業2才9月 意思交換1才8月 集団参加3才7月 自己統制2才2月」となっている。
この結果を言うと、ボクを知る大概の人が、「そんなことないでしょ。もっとしっかりしていると思う」と言ってくれる。ボクを褒めて言ってくれるのは嬉しいけれど、この専門家の意見は正しいと思う。ボクが言いたいのは、ボクに与えられたこの能力で、ボクは社会生活を送っているということだ。この数字からボクを見てほしい。頑張れって言わないで欲しい。ボクはもう十分ボクの能力以上に頑張っているのだから。出来ればよく頑張っているね、って褒めてほしい。
と、これで自己紹介になったかと言うと、全く想像がつかないと思う。IQ18の25才ってどんなヤツ?だよね。
ボクは、しゃべれないし、書けないし読めない。もちろん算数も出来ない。だから、この文章も、ママがボクになりすまして、ボクの大便(きゃはは・・・変換したら大便だって・・・)もとい、代弁をしてくれている。しかも、それが大便(きゃはは、また、出た!)もとい、代弁になっているかも怪しい。第一ボクは、代弁の変換ミスが大便だって笑ったりしない。漢字読めないし。
だいたいママはおしゃべりだ。ボクが思ってもないことを、あることないことしゃべっている。でも、このあることないことしゃべるというのは、実はボクにはとっても楽で、合っていれば「うん」って言うし、間違っていれば「ブブーッ!」って言う。だから、ママは一日中しゃべっている。ボクが「うん」と言うまで。時々、全然違うのだけど、まあいいか?!って、「うん」って言うこともある。はずれ続けるっていうのも、かわいそうだし、そろそろネタ切れって頃を見計らって、適当に「うん」ってことにする。
ママの方から、「わからない」って言うこともある。でも、そんな時は、ママが疲れている時か、心配事やなんかで、心ここに非ずって時だ。伝えたいことがあって伝えているのに、「わからない」って言われるのは、悲しい。わかろうとして「わからない」のと、わかろうともしないで「わからない」のは大違い。そう、さっきの適当な「うん」だけど、わかろうとしてくれたことが嬉しかったよ、の「うん」でもあるのだ。
語彙は10くらい。「ママ、バーバ、アカ、アオ、ブタ、バカ、カバ、チチ、バチ(=バス)、オッケー、イコー」イントネーションと、リズムが合っていて、伝わる言葉もたまにある。みんなボクが「言葉をしゃべれたらいいね」って、なんとかしゃべらそうとするけれど、一番しゃべりたいのはボクだ。しゃべれるものなら、しゃべるっている。だから、「あ、い、う、え、お・・って言ってごらん」なんて、言わないでほしい。微妙にボクだって傷つくのだから。

2.コミュニケーション

「手話をしているの?」と聞かれることもある。ボクの身振り手振りは、完全ボクオリジナルのジェスチャーだ。手話は面白いから、テレビで手話講座を見るのは楽しい。でも、手話を覚えるのは簡単じゃない。「手話を覚えたらいい」って言ってくれる人もいる。今のボクには、手話の微妙な動きを真似することは難しい。手話が出来たら、手話の出来る人と話が出来るようになるのだから、覚えたいって思うけど、やっぱりとっても難しい。
けれどボクの表現には、手話ととても似ているのもある。例えば、ボクが考案した、「明日」というジェスチャーは、寝る動作をする。手を枕にして、「ぐーっ」と声を出し、寝る動作で「ひとつ寝たら明日」の意味になる。よく大人が明日のことを「ひとつ寝たらね」と言っていたからだ。この動作は、手話の「朝」の表現に近い。手話では、右手を枕にして、枕から頭が離れるしぐさで「朝」の意味だ。最近のボクは、寝る動作を省略して「ぐーっ」と言うだけのこともある。すると「寝むいの?」「寝たいの?」「寝たの?」と相手は寝ることから離れられなくなるけど、寝た後の「明日」のことだからねー。
「料理」も似てる。「料理」のボクのジェスチーは左手をまな板に見立てて手のひらの上で、右手を包丁にしてトントンするしぐさだ。手話では、左手を猫の手にして材料を押さえるしぐさをして、右手を包丁にしてトントンする。手話表現から見ると、ボクのは左手を包丁で切ってしまう。ちょっと痛そうだ。

3.次郎語

手話の中でも身振り手振りに近い表現は、ボクのジェスチャーと近いものがあるものの、手話とは似ても似つかぬボクのジェスチャーを、ママは「次郎語」と呼んで、普及に努めている。
ボクの「あーあーあー」という会話の中に、「ママ」や「バーバ」のように、わかる言葉が入るだけで、なんの話なのか、きっかけがつかめるように、振りまわす手の意味がいくつでも伝われば、何を言っているのか見当がつくようになるからだ。
 ボクがママ相手におしゃべりをしていると、ママはこうなのああなのと推測してくれる。ボクが「うん」って返事すると、「お母さんすごいですね」と言われる。「さすがお母さん」とも言われる。でも、ママは、それを喜ばない。ボクの話しが分かる人がひとりでも増えてほしいと思っているからだ。ボクもそうなったら嬉しい。
そこで初めた「次郎語講座」。今は、簡単に動画が取れるから、ママが1分くらいの動画を撮ってYouTubeにも投稿している。「次郎語講座」で検索すると、スペイン語講座とかブラジル語講座とかに混ざって「次郎語講座」

https://www.youtube.com/watch?v=_QzAhq-5T3E

があるから見てみてね。それが意外に、好評で、楽しんで見てもらえることがわかったから、ボクもやる気満々だ。次はなににしよう?とママと話すのも、打ち合わせをするのも、楽しい。だって、ボクのこと、見てくれるんだもの。ボクの話をわかろうとしてくれる人が居るんだもの、嬉しいに決まっている。
「次郎語」は、わかる人とわからない人に分かれる。ボクは、「次郎語」をわかってくれる人を見分けられるよ。仕事で忙しい人はブブー。ボクなんかの相手をしている暇はないって顔。それから、障がい者をあまり見たこともないし専門家に任せとけばいいと思っている人もブブー。
その違いは職業も関係ないし、性別も年齢も関係ない。ただ、わかる人とわからない人をわけるのは、わかろうとしてくれる人か、わかろうともしてくれない人かって違いだけ。簡単でしょ!
よく、わからないから「すまない」って気持ちになるようなのだけど、ボクにすれば、わかろうとしてくれた!それだけが、嬉しいのだよ。わかろうとして、わかなくても、なにも問題ないよ。わかろうとしてくれてありがとう!!と、いつも、思っているよ。だから、勇気をだして、ボクに話しかけてね。ボクはそれだけで嬉しいから。

4.閉じた質問


ボクに話しかけるちょっとしたコツを教えるね。それは、「うん」と「ブブー」で答えられる質問の仕方にしてくれると、会話になるってこと。「YES」と「NO」で答えられる質問を「閉じた質問」と言うよ。たとえば、「次郎君は食べ物で何が好き?」って聞かれても、しゃべれないから答えられないけれど、「次郎君はお魚好き?」と聞かれたら「うん」って言う。実は、「次郎語」でお魚は手を振り回して、泳ぐしぐさで「魚」を表すのだけれど、「何が好き?」って聞かれて、ボクが手を振り回しても、ボクの魚好きがわかるのは、「次郎語」上級者だけ。
だから、「うん」と「ブブー」で答えられる質問だと助かる。それから、ボクがなにか言ったら、その意味がわからなくても、やたらとあてずっぽうのことを言う、というのも手。出来れば閉じた質問でね。下手な鉄砲数打ちゃ当たるで、そのうち、ボクが「うん」って答えに当たるかもしれないし、その努力をみとめて、適当にボクが「うん」と言うかもしれない。だから、怖がらずに話しかけてほしい。
ボクは人が大好きだから、僕からもすぐに人に話しかける。わかってくれそうだと思ったら、どんどん話す。きっと困ると思うけど、聞いてくれて、わかろうとしてくれるだけで嬉しいよ。

5.買い物


ひとりで買い物にも行くよ。ママに「〇〇牛乳買って来て」って頼まれた時「○○牛乳がなかったら、買わなくていい。」って言ったんだ。スーパーのおばちゃんに、『○○牛乳はありますか?』って、もちろん身振り手振りで「あーあーあーあー」って言ったよ。そして、携帯からママに電話してスーパーのおばちゃんに渡したの。そしたら携帯渡したおばちゃんがママに「スーパーのものですが、今日は○○牛乳は切らしています。どうなさいますか?」って聞いてくれた。ママはびっくりしていたよ。「よくそこまで伝えられたね」って。でもすごいのは、スーパーのおばちゃんだよね。ボクが牛乳の陳列棚のところで「あーあーあー」言って、携帯わたしたら、そこまでわかってくれたんだよ。あばちゃんは障がい者の専門家じゃないよ。スーパーのおばちゃんだよ。ボクにとってはスーパーマン(ウーマンか?)だよ。

あ、算数が出来ないボクが買い物にひとりで行くのが想像できない?しゃべれなくても「あー」=「これください」って品物をレジに出すと、「いくらです」って言ってくれる。ボクが1000円札を出すと、おつりをくれる。そして、「ありがとうございました」って言ってくれる。最高の気分じゃない?!一人前な感じじゃない?だからボクは買い物が大好き。ボクがひとりで買い物に行くようになって7年くらいなるかな?最近は、計算機を使って4桁のお金の計算が出来るよ。お金の計算が出来て凄いって言われるけど、お金の計算しか出来ないからね。1から10までは数えられないままだよ。不思議だよね。

6.数

数って概念だからボクにはわからない。でもお金は目に見えるからわかる。そしてお金が好き。数って名前があるから数えられるって知ってた?1=いち、2=に、3=さんって、数には名前があってそれを呼ぶことで、数えられるんだよ。ボクには、4=よんの次が5=ご、5=ごの次が6=ろくって言えないからね。「1・2・3・4・・・」のリズムで「フン・フン・フン・フン・・・」って数えるんだけど、もう5=ごあたりでいくつかわかんなくなる。ボクにとっては、5も6もフンフンだからね。たとえば「スワヒリ語で数えてみて」って言われたら、数えられないでしょ。だから、しゃべれないってことは、数えられないってことなんだよ。

計算機で4桁まで打てるって驚きでしょ。でも、ボクの頭の中には、お金が見えているんだよ。たとえば、1360円って計算機に打つ時には、1000+300+60って打ってた。ずっとずっとね。そしたら、そのうち、この000いらなくね?ってなって、000と00を省略して、1360って打つようになったんだ。

たまに1000円を打つのに500円玉が2個見えてることがあって、その時は、1000って打たないで500+500なんだよ。面白いでしょ。ボクは買い物が大好きで、お金が大大大好き!


7.お金

でも、ママは、お金がないから、たくさん使えないと言う。ええ?お金ないの?そしてボクは考えた。そうだ!僕が働いてお金を稼ごう。ママだって喜んでくれるはず。だから、ボクの進路でママがどっちにするか悩んでいるとき、ボクは「たくさんお金をくれる方がいい」って答えたんだよ。そして、就労継続支援B型事業所というところに通うことになった。ボクは精いっぱい頑張って工賃をもらう。とっても嬉しくて、工賃をもらう日が待ち遠しい。あんまりボクが喜ぶ姿を見ると、ママはちょっと悲しい顔をする。B型事業所の一か月の工賃の全国平均はざっくり15,000円くらい。そして、重度のボクは6,000から10,000円くらいしかもらえない。ママは、どんなに頑張ってもたいして工賃が上がらないだろうことを想像して、ちょっと不憫なのだって。

そうそう、本当は、ボクは食べることが大好きだし、作ることも大好きだから、食べ物屋さんとか、パン屋さんとか、クッキ-屋さんとか、いいなあ~って思う。人も大好きだから、食べ物屋さんの接客や、配達や販売とか出来たらいいのだけど、ひとつ大問題がある。その大問題の所為で諦めている夢がある。

8.大問題

ボクは、いつも首にタオルを巻いている。夏でも、冬でも。冬は「風邪ひいた?」って聞かれるし、夏は「汗ふけるからいいね」って言われる。でも、ボクの首のタオルは、ヨダレ拭きだ。ヨダレがタラタラ垂れるから、タオルを首に巻いている。
そう!大問題とはボクのタラタラ垂れるヨダレ。たぶん口をしっかり締めていることが出来ないから、外にタラタラ流れてくる。よくママが「口を締めて!つばを飲み込んで!」と言うけど、出来るのは言われた時だけ。あとは、忘れて、流れるまま。普段はそんな困ることもないけど、食べ物を見ると出てくるのがつばでしょ。断然困るのだ。食べ物屋さんで、食べ物を見てヨダレを垂らすウエイターさんはね。マスクをすれば、って言われるけど、マスクがすぐヨダレでベタベタになってしまうから、マスクが何枚あっても足りない。タオルで受け止めるくらいのヨダレだもの、マスクでは防げない。
そのヨダレだけど、意外とヨダレに気づくのは、子どもだ。それも小さな子どもほど「ヨダレ!」って言う。自分がヨダレを卒業したてだからか、よく気づく。そんな時、ボクは手も足も出なくなる。小さい子が居たら、一応ボクはお兄ちゃんだし、お兄ちゃんらしいことをしてあげようと思うのだけど、その途端「ヨダレ出ているよ」って言われたら、もうお手上げ。「ヨダレ」って言われた後のボクは、しっぽを巻いて退散する負け犬のようにシュン!っとしている。誰もいなくなってからママが「ヨダレって言うな!!だよね~」と声をかけてくれるから、ちょっと救われる。だから、ボクはママが大好き。世界で一番きれいなママ。これを誰が書いているか、今、思い出した?

9.きょうだい

ママも、ボクを育てるのは、大変だったと思う。ママは、自分が大変だったというより、ボクの兄弟がかわいそうだったと言う。ボクの名前は次郎と言うだけに、花子って名前のお姉ちゃんと、太郎って名前のお兄ちゃんがいる。
ボクが生まれた時花子ねぇねぇは3歳10か月、太郎にぃにぃは、1歳10か月だった。ボクは生まれてすぐ黄疸がひどくて、死にそうになって、ママはそれこそ、気がおかしくなりそうになっていた。そんな中でも、花子ねぇねぇと、太郎にぃにぃは応援してくれたんだ。「頑張れ!」って。「待っているよ。一緒に暮らそう。」って応援してくれたから、ボクは死にかけても死ななかった。呼吸が止まることさえあったんだって。
ボクは一か月の入院生活を終え、花子ねぇねぇと太郎にぃにぃの居るお家に帰った。ぐったり寝ているだけのボクを、ママは心配して、またまた、どうかしていたよ。そんな時も、花子ねぇねぇは優しかったし、太郎にぃにぃは一緒に遊ぼう!って、やわらかいおもちゃを、ボクの枕元に置いてくれたりしたんだよ。花子ねぇねぇも、太郎にぃにぃも、ボクがお家に帰ったことを喜んでくれているのに、ママはなんでよく泣いていたのだろう?いろんな心配をしていたのかな?元気に産んであげられなくて、ボクにゴメンとか、にぃにぃに一緒に遊べる弟を産んであげられなくてゴメンとか、いろいろ考えているうちに泣いちゃっていたのだね。
でも、ボクは幸せだった。大好きな花子ねぇねぇが居て、大好きな太郎にぃにぃが居て、大好きなきれい(?)で、優しいママが居て。本当だよ。ボクはこの家族と一緒に居たかったから頑張ったんだよ。そして、離れていたけど、年に一度会えるチチが居て。


花子ねぇねぇは小学校に上がった頃言ったんだよ。パジャマを来て二段ベッドの階段を上る途中にふと振り向いて「もし、お母さんがおばあちゃんになって、次郎ちゃんがまた赤ちゃんだったら、花子が育ててあげるね」って。ママはね、すぐにはその意味がわからなかったらしいんだけど、ボクは3歳になっても、ハイハイをしておむつをして赤ちゃんみたいだったんだ。だから、ふっと思ったんだろうね。『このまま次郎ちゃんが赤ちゃんのまま、ママがおばあさんになったら花子が育ててあげよう!』って。

太郎にぃにぃは保育園の頃、将来の夢は「大工さん」って言ってたんだ。なんで大工さんなの?とママが聞いたら「大工さんの仕事は、重い木とか運ぶでしょ。次郎ちゃんと一緒にお仕事出来るでしょ」って言ったんだって。ママには大工さんのお友達もいて、その大工さんは僕たちのこと可愛がってくれて仕事も見せてくれたんだ。だから、この仕事なら、大変だけど、ボクと一緒に出来ると思ってくれたんだ。

うれしかったな。最高のお姉ちゃんとお兄ちゃんでしょ。大好き!楽しかったよー。たくさん遊んだよ。たくさん絵本読んだよ。たくさんお出かけしたよ。一緒に居ると楽しいよ。花子ねぇねぇはやさしいよ。太郎にぃにぃはかっこいいよ。守ってくれるよ。

10.ボクとママの二人暮らし

でも、大好きな花子ねぇねぇも、太郎にぃにぃも独り立ちして、家から居なくなった。さびしくなったけど、ボクは泣かない。花子ねぇねぇにも太郎にぃにぃにも夢があるからね。その夢に向かって頑張ってほしい。ボクも応援している。
さて、ママと二人きり。さびしくないって言ったらうそになるよ。ボクがママに叱られていると、太郎にぃにぃが現れてママに意見してくれたり、花子ねぇねぇが散歩に連れて行ってくれたり。夕飯作っているママにうるさがられる時なんか、太郎にぃにぃが「次郎、こっちで遊ぼう」って誘ってくれたっけ。
だめだめ、もうボクは小さな子どもじゃないのだから。ママを助けて、しっかり働いて、一緒に楽しく暮らすんだ。ママも若くないからね。なんだか、腰が痛いとか、具合が悪いとか、言うことが増えた気がする。
そんな時は、ボクが腰をトントンしてあげるよ。ママは腰を痛めている上に、アレルギー持ちだから、くしゃみの度に飛び上がる程痛いのだって。だから、そんな時は「よしよし」してあげるよ。

11.ボクの仕事

ボクには、大きな仕事があるらしい。それは、ボクがボクらしく生きていること!なんだって。そして、それを、みんなに知ってもらうことらしい。ボクは人が大好きだから、どこにでも出てゆくけど、それが大事なのだって。
 
これから生まれてくる子たちのためにも、ボクたちが頑張らないといけないってこと。それが、ボクのもう一つの大事な仕事だって。
でも、頑張るって言っても、ただ、明るく楽しく幸せに暮らしているだけでいいらしい。なんだ、それならボクにも出来る。ボクはいつだって明るいし、楽しいことが大好きだ。

仕事から帰ると、ママがなにやら、パソコンに打ち込んでいる。ボクが「ああああー!」=「ただいまー!」って言ったのに、上の空だ。そしたら、ママが「今、次郎になりすまして書いた文章、聞いてくれる」って言うから、聞いてあげた。まあ、いいんじゃない。だいたい合っている。ママがきれいでやさしいってくだりはちょっとしつこいかな?でも、一つ付け加えてね。

『ボクは生まれてきて幸せだよ』


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