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ディープ・ラーニングと精神疾患

ディープ・ラーニングはあくまでニューロンをモデルにした、コンピューターシステムであり、生物の脳と直接な関係があるとはいえない。あるいは、たとえばバックプロパゲーションは、生物的なシステムでの裏付けはなく、あくまで判別精度を高めるための技術に過ぎない。しかし、ディープ・ラーニングによる判別システムが、精度をかなり向上させてきたことは事実である。仮説としてディープ・ラーニングの構造の各要素が人の脳にも存在しているとした場合に、各要素が崩壊すると、何らかの異常=疾患が起こると、考えられる。機械学習モデルのアナロジーで人の脳を考えたとき、ある疾患はどのような構造の破綻と考えられるだろうか。

直列、並列、パーセプトロンモデル、層構造、バックプロゲーションモデル。

統合失調症

機械学習におけるアルゴリズムを、皮質の構造のアナロジーとして逆輸入可能としたとき、人の皮質にあるバックプロゲーション機能が中途で失われると何が起こるか。

それまで分類において正解を出していたものの、正答率が下がる。入力と出力の相関が弱まる。すなわち連合が弛緩する。

あるいは、それまで関連がなかったものに関連が生まれてしまうかもしれない。すなわち関係妄想、妄想知覚。

バックプロパゲーションが中途から破綻することが、統合失調症のモデルにならないだろうか。

統合失調症では、神経伝達物質のうちドパミンとの関連が深い。古典的な薬理学的仮説として、統合失調症のドパミン仮説がある。これは、抗精神病薬(統合失調症治療に用いられる薬剤)が、共通してドパミン受容体の遮断作用を持っていることに由来している。

一方でドパミン神経は通常どのような役割を持っているか。

ドパミン神経は、報酬系のとの関連が深い。エヴァンゲリオンでおなじみ、A10神経だ。報酬系は、オペラント条件付けでは、行動に対して正の強化因子として働く。すなわち好ましい行動を学習して、繰り返させる働きを持っている。学習には報酬系が働き、報酬系はドパミン神経である。ドパミン系の神経が皮質におけるバックプロパゲーションを担っているとしたら。統合失調症ではドパミン系の問題が学習の不具合を起こし、バックプロパゲーションを破綻させるとしたら。

学習におけるドパミン神経と、機械学習におけるバックプロパゲーションのアナロジーは成立するのだろうか。

もちろん統合失調症の生物学的病因は解明されていないし、ましてやバックプロパゲーションに相当する仕組みは、生物の脳で発見されていない。このアナロジーは、ほぼ妄想レベルだけれど。

もう少し妄想をこじらせる材料をあげるとすれば以下二つ。

・ドパミンニューロンが、樹状突起のスパインを増大させることによって、学習を成立させているということ。
・スパインが、統合失調症では減少していること。

もし、生体の脳のスパインの大きさが、機械学習モデルにおける各ニューロンの重みづけと相似していると考えたら。

このような考えには軽い興奮がある。全く治療には直結しないのだけれども。

解離性同一症


人間の存在そのものが、入力に対する出力だけであるならどうか。

飛浩隆、ラギッド・ガールという小説がある。(ネタバレです)ある人物の生活をすべて記録し、生活上の出来事(入力刺激)とそれに対する言動(出力)をすべて優秀なAIに学習させたとしよう。AIに語り掛けると、本人と全く区別のつかない反応が返ってくるような学習が成功した場合、AIは本人の代わりになるだろうか。そのときAIは意識がある、ないし、生きている、といえるだろうか。

チャーマーズの哲学的ゾンビが、機械学習で再現できるかどうかという問題でもあるのだけれど、ここでは哲学的な問題は置く。

唯物論にAIによる学習で人格(似たもの)が生じるという前提が成立し、我輪の人格も学習によるものいえるとしよう。この場合人格は、多層ニューラルネットワークに宿っている。もし、脳における隠れ層の、入力-出力軸方向でのネットワークの断裂が起こったとすれば、あたかも別人格のようにふるまう可能性がないだろうか。

あるいは使われていない皮質領域に、学習が起こって人格的なふるまいが起こりえないか。

シナプスの断裂が、層に対して垂直方向に起こるのであれば、別人格が発生しうるのではないか。トラウマによるシナプスの切り離し。

多重人格といわれるような同一性の問題は、医原性ともいわれており、都合の良い人格の交代ということを、私はあまり信じているほうではない。人格の構造をAIのアナロジーで語るというのは、なかなか興味深い。

まとめ

人格がAI的なモデルで構築可能とするような、唯物論的な考えは、しばしば人間味がなくて、ややもすると虚無的になりがちだから、精神科医としては職業上はよろしくないかもしれないが、思考実験としては面白いと思っている。


※ニューラルバックプロゲーションと、コンピュータのバックプロゲーションのトポロジーについては英語ウィキペディアに記載。この場合は、直接的に軸索上を遡上する膜電位の意味合いではある。https://en.wikipedia.org/wiki/Neural_backpropagation

※ドパミンによるスパインの増大。
学習機構における、ドパミンニューロンとスパイン
http://first.lifesciencedb.jp/archives/9356

※統合失調症でのスパインの減少
http://www.jbsoc.or.jp/seika/wp-content/uploads/2013/05/83-12-07.pdf
https://www.waseda.jp/top/news/16967


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