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研究者日記 Day34

日本だけなぜこれほどまでに水中文化遺産保護が発展しないのでしょうか?

この質問を学生にすると、帰ってくる答えに

―お金がないから

―遺跡の数が少ないから

―技術的に難しいから

―海に関心がないから

というのが、よく聞かれます。しかし、これらはすべて間違いです。いや、「海に関心ないから」に関しては部分点をあげてもいいかもしれません。これらの回答は「日本だけ」の答えになっていないです。

他国で可能なのに、なぜ日本だけ? 

お金がないから

→高度経済成長期、ジャパンアズナンバーワンだったじゃないですか?その最中、多くの国では水中文化遺産保護が進んだ時代。日本だけ取り残されていました。また、現在イラク、トーゴ、マダガスカルなど多くの国が水中遺跡保護に力をいれています。

そもそも、水中遺跡にお金が掛かるという考え方自体が1970年代初頭的な思考です。学術発掘による遺跡の引き揚げを前提にしています。ユネスコ水中文化遺産保護条約を読むとわかるように、現在では水中遺跡は水中で保管・管理するものであり、遺跡のマネージメントが中心です。それぞれの国が自分たちの状況に合わせて開発とのバランスを見ながら管理していくのが基本です。

発掘調査単体では確かにお金は多少掛かります。でも、今は遺跡管理が中心であり発掘はできる場合にのみ実施するのが鉄則です。発掘から管理へとパラダイムシフトをしたのですが、日本は追いついていません。

多くの国の遺跡数を見てみると…

   確認した遺跡数万件
   探査・簡易調査を実施した遺跡数千件
   部分発掘百件前後
   完全引き揚げ・発掘=1~3件

 つまり、水中遺跡をたくさん見つけておいて、費用の余裕と学術的意義が明確な場合にのみ発掘します。

また、発掘の費用ですが…。水中遺跡の発掘なんてものは陸以上に開発対応が鉄則です。そして、海は広い。開発の計画段階で遺跡を発見すれば計画変更は大体可能です。大海原の中心で、計画段階においておパイプラインを20mずらすなど、まあ、楽なもんだと思いませんか?これが、陸の個人住宅の場合はどうでしょう?水道管の位置を50cmでも動かすのは難しくないですか?つまり、計画段階で遺跡を見つけられば、掘る必要がなくなります。事前に遺跡を見つけることが重要です。

 問題は、日本には事前のアセスメント体制がないこと。不時発見で遺跡を発見した場合は、発掘になることもあるでしょう。そうなると、ちょっぴり大変です。未然に遺跡を発見して工事の計画変更で対比する、これが世界のやり方。だって、その方が断然安く済むし遺跡も守れるから。あと、残念ながら海の開発で遺跡を見つけることは、あまりないでしょう。水中遺跡なんて壺が数十個転がっている小規模な遺跡がほとんど。それを遠隔操作が基本の海の開発で見つけるのは、難しいでしょうね。

あとは、もし、発掘をすることになった場合なんですが… 海での開発は国家規模になることがほとんどです。開発費用は数百~数千億円。陸の個人住宅の場合はどうでしょうか、まあ3千万円の開発といったところでしょうか。そこに陸の遺跡調査費用が上乗せとなると、大きな負担となりますね。水中遺跡の発掘が陸の遺跡に比べて多少高くても、海の開発の総事業費から比べると、大した額になりません。総事業費の比率から見ると、むしろ水中遺跡の発掘は安く感じられます。

 水中遺跡はお金が掛かるから難しいというなら、お金のもっとかかる陸の遺跡の発掘を最初にやめるべきではないでしょうか?


遺跡の数が少ないから

→見つかっていない、見つける努力をしていないだけ、多くの遺跡がすでに破壊されているからです。日本の周りだけ3ケタ少ない…これは異常です。もちろん津波によって遺跡が破壊されており、それで遺跡が見つかっていことも若干要因としてあるでしょう。ところが、おそらく遺跡の破壊の一番の要因は漁業活動と護岸開発です。日本では、この二つが盛んですね。そして、さらに世界の水中遺跡発見のほぼすべては、漁師からの報告と海の開発前のアセスメントです。

日本には、この二つのシステムがありません。

 考古学者が遺跡を発見することなんて、ほぼありません。漁師さんからの情報をもとに遺跡を「特定」しています。

まあ、跡遺跡が少ないと言っても、少ないから見つける努力が必要なんですよね?他の先進国を見ても、1960年代に水中考古学急速に発達をはじめた時、遺跡の数なんて少なかったですよ。今のようにどこの国でも数万件の水中遺跡があるなんて誰も考えていませんでした。昨年、イラクがユネスコ水中文化遺産保護条約を批准しましたが、水中遺跡ほぼ知られていません。それでも、国際社会の中で水中遺跡保護をすることを国として打ち出しています。

先ほどの例でもあげましたが…現在、イラクに水中遺跡いくつほど確認されているのでしょうか? おそらく数例しかありませんが、それでも国が水中遺跡は重要であると意識表明をしています。


技術的に難しいから

ここも、まあ、技術的に難しいのは、日本特有の問題ではないですよね? どこの国も同じ条件のはずです。逆に、日本は技術力は高いです。

不思議なのは、日本の研究者のレベルは世界トップクラスにあり、文句のつけようがありません。個々の研究事例を見ても世界の先を進んでいます。明治時代に調査された長野県諏訪湖の曽根湖底遺跡などもありますし、早くから研究者は世界の水中考古学の事例を見ており、技術の導入を率先してきました。最新の探査技術も日本は先駆的なモノを持っています。

ところが、それを国の体制の整備や国全体の利益に利用していないのです。国をまとめていくリーダーがいない、技術を広く応用・普及させる取り組みがない、どうも集中しすぎているのです。全体像を見て分配すべきところができていない…。それは誰の責任かと聞かれると、どうしても政治の力なのかと。日本の誇れる水中文化遺産研究を伸ばして普及させる政策・国全体としても道しるべがなかったのです。つまり、政治家や官僚の責だと思っています。まあ、ここは多少主観であることは認めます。日本の研究者は、98点ですが、日本全体・政治家は5点ぐらいでしょうか。

話が分かりにくくなってきましたね。何を言いたいのか…日本は技術は確かなものを持っています。それが国全体に反映されていないのです。


海に関心がないから

 これを指摘した学生には、惜しい!ということで部分点。

まあ、正しい答えだと思います。残念ながら、様々な海洋分野の先生などをお話をしていても言われるのが、これ。「日本人は海や船に関心がない」ということ。それが海へのあこがれや海の調査への道を見えにくいものにしている。

ところが、これは日本特有の問題なのか…。海に関心がない国も水中文化遺産に力を入れている事実があります。近年は、モンゴルなど内陸国も関心を示しています。私は、ここ1~2年、中央アジアの国々でユネスコ関連の仕事として水中文化遺産保護について話をしています。ハッキリ言って、海を見たことがない人がほとんどだったりします。政治家もそうです。ところが、水中文化遺産の保護は必要だと言ってくれます~よくわからないし見たこともない、わが国にどれくらいあるのか正直何とも言えない~それでも、保護は積極的に進めていきたい、と言うのです。

まあ、先ほどから紹介している識字率70%のトーゴですが、海岸線は100km未満。お金もない遺跡もない技術もない海にも関心ない。それでも、政治家たちは集まって水中文化遺産保護が重要であると考えて義務教育に導入しました。

日本はどうでしょうか?海洋立国だ、海洋科学のリーダーシップを示すと声明を出しています。ところがどうでしょう、お金は、まあ多少ある、遺跡も少々ある、技術はばっちり、海も広い…。水中遺跡の話は大学の考古学の授業でもほとんど登場しません。 


色々な問題、日本特有の問題があるのでしょうが、それらを考える前に一つ… はい、もうずいぶんと長く書いてしまいました。それらの考察は、機会があれば書きたいと思います。

きょうは、一つ…

上の文章を読んでいると気が付くかもしれませんが…

内閣府・政治が動けば大きく変わるはずだと私は確信しています。
政治家から「水中文化遺産など初めて聞きました」という発言が聞かれるのは、文化遺産の保護を進める側にとって脅威でしかありません。そもそも、日本人以外で「水中考古を知らない」というフレーズを聞いたことあるのは、バハレーンの税関の職員ただ一人です。

文部科学省のお偉いさんは、一度識字率70%の国に行って教育現場の視察をすべきです。そこには多くの学びがあるはずです。

中国、韓国、台湾、タイなど進んだ国を見ても圧倒的な差がついているだけで実感として日本が何をすべきかわからないでしょう。ああ前世紀から取り組みを行っているのだから、これぐらいだろうと。もちろん西欧諸国も水中文化遺産保護への取り組み200年の歴史の違いがあるので、月とすっぽんを比べるようなもの。あと資金があって突然力を入れた国~サウジアラビアなども視察には向いてませんね。それよりも、スリランカ、ケニア、マダガスカル、アゼルバイジャン、どこでもいいでしょう。国として水中遺跡を守るとはどういうことか、考える上でちょっぴり先輩の国々です。苦労しながらもできることを実行している国ですし、まだまだ不十分なところもあります。それを見ると、日本でも出来そうな気がします。あ、モンゴルへの水中遺跡保護体制や教育への視察は、まだ少し待ってください。

今日も書きすぎたが、そんなところで

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