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ひと駅の間に出会った粋な気遣い

以前電車の中で出会った老夫婦と短い会話を交わした時のことが、とても心に残っているので書いてみます。私もあんな風に歳をとりたいな、と思った話。


ガラガラでもなく満席でもないほどの混み具合の電車で座席に座っていた。

とある駅で私の左隣に座っていた女性が降りていき、同じ駅で1組の老夫婦が乗車した。奥様の方が空いたその席に座ったことに気づいたのは電車が発車してからだった。

恥ずかしながらスマートフォンを見るのに夢中になっていた私は、ご主人が立ったままでいるのにもしばらく気づかなかったのだ。

2人の存在に気づいた後にご主人に話しかけた。

「よろしければ席を代わりましょうか?」

するとご主人は茶目っ気のある笑顔で、まるで内緒話をするように、

「俺、まだ若いんだ」

隣で聞いていた奥様もくすくすと面白そうに笑いながら、

「あらまあ、おじいさんったら」

って。

その時点で私の心はぽかぽかになった。

たったひとことでこんなにスマートに、ユーモアたっぷりに断れる人に会ったことがなかったのだ。

この話にはもう少し続きがある。

男性の中には女性に席を譲られるのを好まない人もいるし、それ以上無理に席を譲るのを諦め、私も笑顔でご夫婦に返した。

「はい、若いですね」

ほわっとした気持ちで会話をしていると、奥様のこれまた左隣に座っていた若い男性が突然席を立った。

駅にはまだ到着していない。

どうやら私たちの会話が聞こえたようで、彼なりに席を譲ろうと思ったのだろう。

彼が扉の近くに移動するのをぽかんと3人で見送ったあと、おじいさんはゆっくりとその席に座り、やはり茶目っ気たっぷりに言った。

「俺、やっぱり若くなかったみたい」

って。

おばあさんは楽しそうにからからと笑い、私も笑いながらうなずいた。

ひと駅間にも満たない短い時間で起こったこの小さな出来ごとが心に残ったのは、ご夫婦が気まずさを感じさせない対応をしてくれたからかもしれない。

申し出を断る時も受け入れる時も、相手を嫌な気持ちにさせないようにユーモアをちりばめて。

そしてその粋な気遣いが連鎖したような気がした。

きっと無言で席を譲ったあの若者にも、ご夫婦の気遣いが伝染したのだろう、推測だけど。

とかくストレスが溜まりやすく、気持ちに余裕がなくなりやすい現代。人に無関心になりがちだったり、余裕のなさが無意識に言動に現れてしまったりする。私自身も同じで、あの2人のように見知らぬ誰かに優しさとユーモアを持って接することがなかなか出来ていないんだろうな、と思う。

私もお二人のように歳をとりたい。そうして、私がしてもらったように誰かに粋な気遣いができたら、それが繋がっていったら。すこーしだけ生きやすい世界になるかもなー、なんて思った小さなお話です。

#エッセイ #優しい時間 #老夫婦 #電車での出来ごと  


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