2020Au志乃【カーテンコールに耳をふさいで】

 終幕だ。
 土嚢袋を放り出したように、重く惨めな音がして、世界が反転する。さっきまで睨んでいた敵の姿は見えない。代わりに、一面の曇天が視界を覆った。今にも雨が降りそうだ。
 吸っても吸っても足りない酸素に喘いで、飲み込む唾が気休めにもならない程乾ききった喉を空気が掻き散らしていく。仰向けに転がったまま噎せて咳き込めば、口の中には鉄臭い苦みが広がった。汗で張り付く服も髪も、呼吸さえままならない体も、全部が不快で鬱陶しい。
 砂利混じりの乾いた土を爪で毟る。陽の光は見えず、緞帳に閉ざされたままの世界に悪態をついた。俺を叩きのめし、さらには憐れんだあいつが触れることを許されて、俺には見ることさえ許されないそれ。晴天も、栄光も、あいつのものだ。
 どうあっても、俺の出番はここまでだ。冷えていく体を温めるものもなく、ただ打ち捨てられた、あいつの食いものとして用意された敵、その残骸。
 無様で哀れなヒールの姿。
 満足かよ、と創造主をくさした。
 途端、ぼつ、と頬に水滴が弾ける。次々、砂埃を立てて土を濡らし服を濡らし、俺を泥に沈めていく、雨。 声すらろくに出ない喉から、咳とも笑い声ともつかない音が湧き出ては、雨音にかき消されて流されていく。
 緞帳を隔てた、虫の羽音よりも控えめな声さえ聞き取っておいて。否、聞き取ったからこその、この仕打ちだ。性悪のペテン師め、と悪態を重ねれば、ずぶりと指先が泥に埋まった。
 泥に溺れる前に、固く目を閉ざす。ああ、もう何も見ていたくない。この敗者が這いつくばる古い舞台に分厚い雲を通してさえおこぼれを漏らす光も、幕を引いたあいつへの喝采に似た雨音も、もうたくさんだ。
 閉ざした瞼の端から耳の方へ伝っていったのは、雨であるに違いない。

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