甘い

 口に甘く感じるものは、生きるために必要なものだ。
 例えば糖。脳の燃料だ。これがなければ考え事もできないし、体を動かすこともできない。
 例えば脂。これもエネルギーになる。足りなければ肌も荒れる。
 甘味料はともかく、糖や脂は必要量を摂取しなければ健康でいられない、生きるのに必須の栄養だ。
 甘い、が幸福に直結するともいわれるのは、命を保つために必要なものだからだろう。なければ死ぬ、あれば死なずに済む、だから得られれば幸福。

 誉め言葉や愛の言葉を、耳に甘い、という。
 美しいものは目に甘く、かぐわしければ鼻に甘い、なめらかで柔らかなものを甘やかな手触りと。味覚にかかわらないものをも、人は甘いと表す。
 ではそれらも生きるに必要なものなのか。欠けていれば人は生きていられないのか。
「そんなことはないだろう」
「そうかな?」
 眉目の整った顔をとろりと微笑みに崩して、絹のような髪を肩からさらさらこぼしながら、俺の額を撫でる。ふわりと花の香りがして、ささくれの一つもないなめらかな指先が目元を擦った。
「また隈ができてる」
「クソ上官の尻拭いで寝てない」
「妙に難しいこと考えちゃうくらい疲れてるんだね。便利に使われちゃって、かわいそうに。甘やかしてあげる」
 施設の中庭に引きずり出されたかと思えば、陽だまりの中、膝枕なんぞされて。これ以上どう甘やかす気だ。
「文句言ってもちゃんと尻拭いしてあげてるし、自分の仕事も先に済ませているんだろう? えらいよねぇ」
 蜜のような声色で、とろとろと俺を褒める声に包まれて、意識が落ちるまでそんなに時間はかからなかった。

「甘い言葉も、いい匂いも、触り心地のいいものも、なくたって体は生きていけるだろうね」
 すっかり寝入った仕事人間を撫でながら、ひとりごちる。
「でも、僕のこれがないと生きていけなくなってよ」
 最初から、必要最低限しか摂るつもりがないから、彼は知らない。あまいものは中毒すら起こす毒になりうること、摂りすぎれば害になること。
「もっと欲張って。自分の快を求めて」
 そうして僕に堕ちてこい。


※Twitterでフォロワーさんにお題をいただいて書いた短文です。

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