2102A志乃【ふくら雀にさよならを】

 向こうの岸に真っ白な客船、もっと奥には積み木で階段を組んだようなビル群。寒い季節のそっけなくて淡い空の下、遮るものもない海風が遠慮なく吹き付けてくる。塩気を感じないのは、鼻が冷えているからか。
 人一人上に立っても一ミリも揺れたりしないだろう、頑丈そうな柵の向こう。深々と紺がさざめいていた。あぶくを含むこともない、囁くような波の上をスケートのように滑ってやってくるのだから、海風だって早くもなるだろう。
 レンガ敷きのまっ平らな広場は、それこそ水を流して凍らせればスケートリンクになりそうなほど広い。冷たい風の中でなにかに寄り添いたい人たちは、みなレンガの隣、芝のふちに置かれたベンチへ雀のように並んで腰かけていた。ベンチの突端、船の舳先のように突き出たところへ、花開く前のつぼみの如く俯く街灯が眠っている。
 船に乗るのか、見送るのか、はるか遠く米粒ほどに小さく見える人々の一団が肩をすくめながら歩いていくのを見て、私は足を速めた。横から吹き付ける風に流されないように、だんだん駆け足になる。
 あの船に私も乗るのだ。

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