「パラダイムの魔力 成功を約束する創造的未来の発見法」(日経BP社)書評-日米経済の栄枯盛衰

 今回はジョエル・バーカー著・仁平和夫訳の「パラダイムの魔力 成功を約束する創造的未来の発見法」(日経BP社)について言及したいと思います。この本については私が頭の体操のために時々読む「戦略思考トレーニング」(鈴木貴博著/日経BP社)で取り上げられていたことから、その存在を知りました。その原書は1990年代にアメリカで出版されているのですが、2020年代の現在をまるで預言していたかのように書かれている名著です。プラスチックの時代が来ると主張する等、現在のプラごみ削減の流れからは少し笑える記述もあるのですが、全体的にはアメリカの産業の発展について、非常に正確な描写がなされています。あとがきを含めても250ページ弱ですので、私の書評をご覧いただくより、直接本書を読んでいただいた方が早い気もするのですが、個人的に思うこともありますので、本書の概要に触れた後に私なりの観点から考えていきたいと思います。
 まず全体的な内容なのですが、企業がビジネスにおいて未来を切り開くにはどのようにすればよいかということが書かれています。本書では「パラダイム・シフト」に着目します。「パラダイム」とは、筆者であるジョエル・バーカーの定義によると「ルールと規範であり…、⑴境界を明確にし、⑵成功するために、境界内でどう行動すればよいかを教えてくれるもの」です。分かりやすく表現すると、ビジネスで成功する、あるいは生き残るための判断枠組み、といったところです。例えば何かを転売する場合に、「できるだけ安く買って、それを買値より高く売る」のが普通であり、「できるだけ高く買って、それを買値より安く売る」ということは、フェアトレードのような慈善事業でもない限りはなかなか起こりにくいはずです。この「できるだけ安く買って、それを買値より高く売る」という判断枠組みが一種のパラダイムです。そしてジョエル・バーカーはこの「パラダイム」は変化する(=パラダイム・シフト)として、その変化を予想して対応することがビジネスで成功するには重要であると主張します。例えとして、腕時計の市場を例にあげます。腕時計は元々、スイスが歯車、ベアリング、ぜんまい等の部品の製造方法で最先端を走っており、市場をほぼ独占していたのですが、ベアリングやぜんまいが不要なクオーツ腕時計が登場すると、スイスはその流れに乗り遅れて日本の時計メーカーの後塵を拝するようになります。この「今までベアリングやぜんまいが必要とされていた」から「ベアリングやぜんまいが不要となる」というのがパラダイム・シフトです。新しいルールに移行して、古いルールが通用しなくなる、ということです。
 バーカーは「パラダイム・シフト」に関しては、
①旧来のパラダイムで解決できることがまだ十分にある段階で「新しいパラダイムの発見」がなされ、
②その後、その新しい「パラダイムの開拓」をする人(若くて無知な新人、違う分野から来た経験豊富な人、一匹狼、問題の難易度を顧みず、問題があれば何でも取り組むよろずいじくりまわし屋、の4タイプ)が現れることで本格的にパラダイムがシフトし始め、
③その後に開拓された新しいパラダイムに古いパラダイムから「移住」する人が現れると同時に「パラダイムの強化」がなされる、としています。
 この本では当時、日本ではマニアにしか認知されていなかったスティーブ・ジョブズのアップルも取り上げられていたり、エジソンの「蓄音機に、商業的価値はまったくない」という発言や、IBM会長のトーマス・J・ワトソンの「世界で、コンピューターの需要は5台ぐらいだと思う」という開発当事者のトンデモ発言が引用されていて面白いのですが、個人的にもっとも注目したのは「わたしたちが何を知覚するかは、自分のパラダイムによって決定されるといえる。ある人にとっては、ありありと見えるものが、違うパラダイムをもっている人の目にはまったく見えないということが起こる。」という記述です。この言葉には個人的に過去・未来についてそれぞれ想起することがあったので、言及していきたいと思います。
 1点目は過去についてです。民間企業で働いていた際に、その企業でスピード昇格していた方から「役立たず」と言われていたことがあります。私が投稿した「「選択の科学」(文春文庫)書評-「選択肢過多理論」という逆説的理論に対する逆説的結果」という別記事の中で、自分が在籍していたサンディ社が、かつて一度失敗していた選択肢過多理論に基づいたビジネスモデルに再挑戦しようとしていた時に、そのデメリットを指摘するプレゼンテーションをした、としていたのですが、そのプレゼンテーションの後に、改装店舗の棚割(商品の陳列場所)のデータを一人で入力するように言われたことがありました。その際に思ったのは、データ入力用のソフトの処理スピードが遅すぎて1日24時間入力し続けても指定された期限に間に合わないということでした。当時の私は自分が物理的にできないことは他の人がしても同じはずなので、する必要がないと考えてそのまま放置していたのですが、「パラダイムの魔力」を読んだ今では、もしかするとその方は私と違うパラダイムで物を見ているから、私には見えない物が見えていて、私が無理だと思っていた仕事もできると考えていたのかもしれない、と思うようになりました。ジョエル・バーカーも「見えるはずだと思うものは、はっきり見える。自分のパラダイムに合致しないデータは、よく見えない。まったく見えないことさえある。」と言っています。私に棚割データの入力を指示したその方は新たなパラダイムから物を見ており、私は古い機能しなくなったパラダイムから物を見ようとして何も見えていなかったということかもしれません。もしかすると、彼は自分が使っているパラダイムを使いこなせない私を「役立たず」と考えて、ソフトの処理スピードの欠点を解決できないような人間は「役立たず」として辞めさせたかったのかもしれません。ジョエル・バーカーも「人間の魂を殺すもっとも簡単な方法は、つまらない仕事をやれと言うことである」と言っているので、棚割データの入力という本来なら各担当がすべきつまらない仕事をすべて押し付けることで「役立たず」の私を辞めさせようとしていたのかもしれません。会社の出世競争のトップを争うような方のパラダイムを理解するのは、非常に大変で難しかったのを最近思い返すことがあります。
 私には優秀なその方のパラダイムで、未だに理解できないパラダイムが他にもあります。たとえば上記の店舗改装において、「取扱商品の削減」(長期的には売上が減少する)と「棚割の変更」(短期的には売上が減少する)と、変数が2種類あるにもかかわらず、実験店舗は同じタイプの店舗で、たったの2店舗で実施していました。また取扱商品の削減において、ボトルガムや瓶入り香辛料は扱わないことにもなりましたが、アメリカで主流の現状維持バイアスを利用して競合他店に買い物に行く機会を与えないパントリー・ローディングという手法に反することから、いまだにその方のパラダイムについてはまったく理解できていません。さらにはコロナ禍で、ヨーロッパでロックダウンが実施された翌々日の朝に同僚からその旨を告げられ、「マジで⁉」とおっしゃっていました。輸入商材を手掛ける部署のリーダー的立場にあったその方が、新聞をまったく読まないだけでなくニュースすら見ていないというのは、私には少なからず衝撃でした。為替相場やFTA(自由貿易協定)、EPA(経済連携協定)を知らずにどのように商談をするのか、やはり私の古いパラダイムでは理解できませんでした。その後、ロルフ・ドべリ著・安原実津訳の「ニュース ダイエット 情報があふれる世界でよりよく生きる方法」(サンマーク出版)を読んで、新聞やニュースを見ないことのメリットを把握することで彼のパラダイムを何とか理解しようとしたことがあったのですが、やはりその方が優秀すぎるのか、その方のパラダイムを理解することはできませんでした。自分自身が「パラダイム・シフト」するには並々ならぬ努力がいるということなのでしょう。
 もう1点は未来のことについてです。私自身、民間企業の在籍時には「役立たず」呼ばわりされていたのですが、自分ではジョエル・バーカーの言うところの「パラダイムの開拓」において自分の能力を最大限発揮できると考えています。私の投稿した別記事の「行財政改革(敬老行事関連において)ver.2」で言及したとおり、2040年代初頭まで高齢者人口は増加し続け、日本の社会保障費も少子高齢化に伴い増加の一途をたどると考えられています。そして、そうなる前に介護保険制度や医療保険制度をスリム化することで対応する必要があると考えています。私自身は制度を実際に体感することで公務員時代も民間企業時代もシステムのスリム化に努めてきましたので、これらの制度にも自身が関与することで、サービスの質を落とすことなく、より効率的にスリム化を図れると考えています。民間企業在籍時の干されていた時期に介護福祉士の勉強をしようと考えたことがあったのですが、その説明会に行った際に自分の経歴が少し浮いたものになってやりたいことがやりづらそうだと感じました。そこでいったん介護保険制度のスリム化に取り組むことはあきらめて、医療保険制度のスリム化に取り組むために医学部の再受験を考えて現在にいたっております。医学部なら私の経歴は大して珍しくないですし、浮いたところでそれを気にする必要も特にないはずだからです。医学部の再受験に関してはブランクが長く、理科や数Ⅲの勉強もなかなか大変なのですが、コツコツ勉強していきたいと思っております。
 ジョエル・バーカーの2020年代までを見通しているかのような「パラダイムの魔力」、現在の日本の停滞と絡めながら読むと面白いかもしれません。特に経済産業省の官僚で、本書をまだご覧になられたことのない方にはぜひお勧めしたいと思います。
 最後までご清覧くださいましてありがとうございました。












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