きさまに伝えたい
普段、映画館での企画職として複数の人が動くイベントをやっていて、各部門の進捗を管理することも多い。
そうなると、「いつも言っているのに…」とか、「あのとき指示したはずなのに…」と思うことや、「いつも言ってるんですけど、全然やってくれないんですよね!」みたいな、そういった相談を受けることも増える。正直なところ、企画営業になってから特に数年は自分自身の大きな悩みの一つだった。
そのうち、複数に投げかけることと1対1で投げかけること、両面からの働きかけが不足しているときに「言ってんのにな。」ということが多くなるということに気が付いた。多くの人が動くものであればあるほど、「全体としてゴールはここを目指しているのだ」という言葉と同時に、「私はあなたに、こう動いてほしいのだ」という個別のメッセージが末端まで浸透していないと、全体として機能しなくなる。
複数名へは出来るだけ大きなゴールを描けるような言葉で伝え、確実に伝えたい個別のメッセージは時間をかけて直接話す。電話する。「あなただからこそ」と伝える。その重なりで、仕事の流れが出来ていく。サボると具体的にイベント時に出来ていないことが増える。その繰り返しで、日々反省し、学ぶ。
もっと根源的な体験からいうと、この「あなたにこう動いてほしいのだ」に関して、映画館に就職して2~3年目に印象的な経験として覚えていることがある。
そのころは配属された都内の劇場は夏休み中満席が続き、それを映画館のスタッフが日がな一日中外で誘導するという、古き良き時代だった。
チケット売り場が1階、EVの上層階に劇場があったため、1スクリーン分の約500人のお客様を2台のEVで時間内に上映階まで誘導し、上の階からまた500人の人に1階に降りてもらう必要がある。さらに複数スクリーンの休憩が重なると地獄絵図のように長蛇の列が出来た。
配属と同時にその数千人規模のお客さんをさばくのは自分の仕事となったが、わずかに残った数席をめぐってのトラブルや、列が見きれなくて警察が来るなど、パニック映画のようなありさまだった。
(一度怖くて声もでず放屁してしまい、緊迫していたアルバイトスタッフさんたちを「なんかくさくね…?」とどよめかせてしまい、「…私です。」と告白するという失態も犯した。)
当時私の上の女性の先輩は体育会系の厳しくも有能な女性だった。今思うと同じような20代中盤で、70~80名近いアルバイトスタッフと社員を動かしているのだから、厳しくせざるを得なかっただろうと思う。
とにかくやって、やれるように他の人に見せて、はじめて一人前だというポリシーを持っている人だった。私にも、言葉で教えるというよりは、「とにかくやれ。」と言い続け、やらせ続けてくれた。
しかしながら、私は体力のなさに加え本当にパニくりやすい性質であり、
当時は駅のほうから歩いてくる人全員が「あの人たち…今日も映画館にやってくるつもりだ…!!」と蜃気楼のように見えて恐怖を感じているありさまだった。(ありがたいことでしかないのに…。恥ずかしいばかりである。。)「レインボーブリッジ閉鎖できません!」「ずっちーな!」と叫びたい思いだった。
そんなふうに連日の列整理で私が疲弊していっているのに気が付いたのだと思うが、ある日珍しく上の階から降りてきた先輩が、拡声器で遠方の列最後尾に向かって叫び続けている私の姿をみて、
「おい、中空に向かって何叫んでんだ。『あなたに』『あなたに』『あなたに』言ってますよ。と話さないと、誰も聞いてくれねえぞ。」
と言い放ち、列整理しはじめた。手ぶらで音もさせず歩いていくその人の後ろに、十戒のようにサーと列ができていた。
その時自分の心に、ZAZEN BOYSの「KIMOCHI」が流れたこと、今でも忘れられない。
きさまに伝えたい 俺のこの思いを…
(※顧客をきさまと思っているということではありません…。)
結局のところ、伝えたいメッセージについて、本当に伝えたいと思って言っているのかは相手に伝わる。私は「あなた」に話しかけている。「あなた」を大切に思い、「あなた」に一緒に行動してもらいたいと考えている。それが十戒のように道を作っていた。
それから私は長い間、プレゼンをするとき、チームに発信するとき、心の中のBGMとして、「きさまに…」と思っている。より遠くへ、かつ近くのその人へ、を併せて発信する思いに、かなり近いBGMだと感じる。