Automatic Theater

自分を嫌いすぎるってことは、自分を好きすぎるってこと
自己肯定感、自尊心、自己愛 なさすぎるのは肥大しているのと同じ
自分を許せないってことは、理想の自分しか受け入れないってこと
他人に同調しすぎるってことは、他人から必要とされている実感を持ちたいってこと、他人の目に映る自分像を理想の自分像に固定したいってこと、他人の感情や言動を自分がコントロールできると思っているってこと
でも理屈なんてあとづけにすぎなくて 本当は全部Automaticに起きるから 気をつけられないみたい 気づいたらもう他人軸 共依存 解離ぎみ 自他が混乱し反転

ーー自己意識はいつ消えたのか 産まれてきた最初の日からなかったのか 自他概念が備わらない脳で産まれてきたのかーー

求められる役割、理想の自分像は場面ごと相手ごとに変わる 擬態する
置いてきぼりの自分像が転がってる 過去の自分を切り離し 忘れて 切り替わり ひとまとまりの自分というものがないのがデフォ
他者存在に引きつけられてのみ 自己意識が立ち上がってくる
他人との差異によってのみ 自己感が発生する
それで目立ちたい、際立ちたい、秀でたい、勝ちたい、評価されたいとかの競争、嘘、数値や形を追い求める、こだわる、自傷

自分のどんな部分も少し好きだし少し嫌いだなぁって思える日 来るのか来ないのか分からないまま その日暮らしを続けている 不安や惰性で 諦めそうになりながら
それでも そういう人達 いわゆる発達障害傾向のある人達 自他不分離でアイデンティティを持ちにくく 毎日死んで毎日自分を探している人達の言動を 甘えやわがまま 子供じみている 幼い 常識外れ と言えますか
そう思っている人がいる未成熟な世界だからか 当事者達は自分を守るべく 発達障害やら自閉スペクトラム症(ASD)などの言葉を受け入れることを拒否し HSPとか繊細さんといった新しい言葉、一見免責してくれそうなやわらかい言葉をお守りのように携えるようになり かえって世界は混沌としてきた
臨床現場の人間からしたら もう言葉遊びしたくない 言葉に振り回されたくないのに 
でも私もまた 世界を構成している一員だから この世界を批判だけするのはおこがましい この現状の中でなんとかかんとかできることをやっていく

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?