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【日本で会えるハシビロコウ】番外編その1 ハシビロコウ界のレジェンド~伊豆シャボテン動物公園の「ビル」~

こんにちは。動物園ファンの皆様ならご存じかと思いますが、2020年8月6日(木)に伊豆シャボテン動物公園のハシビロコウ「ビル」が老衰の為、亡くなりました。推定年齢50歳以上で世界最高齢とされる個体でした。今回は番外編としてビルの来歴や献花の様子をお伝えしたいと思います。
(2020年8月28日(金)追記:死後行われた解剖の結果、ビルの性別が♂ではなく♀であることが判明しました。)

1.ハシビロコウの「ビル」とは?

皆さんは、ビルをご存じでしょうか?
オスのハシビロコウとされていたビルは、1971年スーダンのハルツーム動物園(注1)より番として飼育されていたメスのシューと共に来日しました。一般財団法人進化生物学研究所(注2)での飼育を経て、1981年4月28日伊豆シャボテン公園(現:伊豆シャボテン動物公園)に来園。園内の「バードパラダイス」(詳しくは後述)内で、放し飼いの状態で飼育されていました。
シューは来園した年に他界。シュー亡き後もビルは悠々とバードパラダイスでの生活を謳歌していました。晩年はバードパラダイス内に設置された自室で過ごすことが多く、外に出る時間は少なかったですが、エサの時間には積極的に活動する様子が見られ、担当飼育員に対してクラッタリングやお辞儀(ハシビロコウの愛情表現に用いられる)でアプローチする様子も見られました。

注1:ハルツーム動物園(Khartoum Zoo)について
1901年スーダン・ハルツームの中心街に設立された動物園。ハシビロコウ以外にもライオンやカバ、アダックスなど大型の動物が飼育されていた。1995年に閉園。しばらくハルツームに動物園がない状態が続いたが、2008年スーダン科学技術大学によって新たにクク動物園が設立される。(ちなみにハシビロコウの飼育は行っていないそうです。)
※こちらのリンク先でハルツーム動物園で飼育されていたハシビロコウの写真が見られます。1936年に撮影されたものだそう。撮影日から被写体はビルやシューとは別個体だと思いますが、もしかしたら彼らと面識があったのかもしれません。
注2:一般財団法人進化生物学研究所について
1974年に遺伝・育種学の権威、近藤典生氏を理事長として設立。東京農業大学育種学研究所を前身としており、進化に関する総合的、基礎的な調査・研究、資料収集・保管を行っている。(ちなみに近藤典生氏は伊豆シャボテン公園(現・伊豆シャボテン動物公園)の設計・創案者)

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ハシビロコウの「ビル」。(撮影日:2020年6月8日)
老いを感じられないほどの堂々とした佇まいと凛とした瞳の持ち主でした。

note用ビルハウス

note用ビルモニター

バードパラダイス内に設置されているビルの部屋(BILL Room)。室内にはカメラが設置されており、来園者はバードパラダイス入口付近にあるモニターから室内の様子を観察することができました。

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note用ビル食事

食事中のビル。1日に小さなコイを10~20匹ほど食べていたそうです。

note用バーパラ

note用ビル神社

バードパラダイス屋内ではビルのコーナーが設けられていました。来園記念日に毎年発売されていた記念缶バッジや第2代動物名誉園長に選ばれた時の記念立像、世界最高齢のご長寿にあやかったビル神社などが展示されていました。(撮影日:2020年6月8日)
多くの方々に愛されていたビル。彼目的で来園されたお客様もたくさんいました。今年、2020年の来園39周年記念日には、ファンの方からケーキが贈られるほど。

正確な年齢は分からずとも50年以上生きたとされるビル。ハシビロコウが長期飼育されたという記録は世界でも極めて稀、そして誇るべき事例と言えるでしょう。ビルはまさにハシビロコウ界のレジェンドといえる存在でした。

2.鳥たちの楽園「バードパラダイス」

ここで、ビルが生前過ごした「バードパラダイス」について紹介します。
「バードパラダイス」は園内入ってすぐ右手にあるウォークインゲージ式の放飼場です。来園者が放飼場内に入ることができ、間近で鳥たちを観察することができます。

note用バーパラ1

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バートパラダイスの入口と内観。ウォークインゲージ形式の展示方法は、比較的大人しい性格の鳥類飼育でよく用いられます。

note用シャボホオカン

note用シャボシロクジャク

note用シャボフラミンゴ

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バードパラダイスで暮らす鳥たち。ホオジロカンムリヅルやシロクジャク(インドクジャクの白変種)といった大型の鳥類も飼育されています。縦横無尽に移動する為、来園者用通路を塞いでしまうこともw

3.ビルの死

2020年8月6日(木)―ビルが永眠しました。

ビルの死は死亡当日の夕方、公式Twitterや公式HPにて報道されました。突然の訃報は多くのファンに衝撃を与えました。公式Twitterのコメント欄にはファンの方々からたくさんのお悔やみ文や出会った思い出を偲ぶ声が集まりました。
バードパラダイス内の献花台。ビル訃報のお知らせ後すぐに設置されました。伊豆シャボテン動物公園のスタッフの皆様、早急に用意していただきありがとうございます。園長・中村智昭氏のメッセージをはじめ、多くの献花やビルをモチーフにしたグッズが、今は亡きビルの写真と共に添えられています。
筆者がTwitterで投稿したビルの追悼投稿。多くの方からの反響&コメントをいただきました。たくさんの人に見ていただきありがとうございました。
(2020年8月28日(金)追記:死後行われた解剖の結果、ビルの性別がオスではなく、メスだと判明しました。詳細は後述。)

■2020年8月28日(金)追記:ビルの性別がメスと判明
ビルの死後行われた解剖の結果、ビルの性別がオスではなく、メスであると判明しました。解剖はおそらく進化生物学研究所で行われたと思います。

後日、伊豆シャボテン動物公園グループ公式Twitterからの発表。
ハシビロコウは大きさや体の特徴が見た目で判別不可能の為、性判別はPCR 法などの遺伝子検査で行われます。普通、遺伝子検査には羽軸や血液などサンプルが必要とされます。しかし「高齢のビルを捕獲・保定するとビル本人の負担になる」、また「飼育管理において担当飼育員とビルとの信頼関係を崩さないこと」を考慮して、伊豆シャボテン動物公園では行われていなかったそうです。約 50 年目にしてあらためて判明した新事実です。

参考:”動かない鳥”ハシビロコウ 世界最高齢で大往生の「ビル」50 年目の新事実~「ビルじいさん」は、実はメスだった!~

4.ビルの献花に行って来ました

ビルに最後のお別れを言いたい―
居ても立っても居られず、2020年8月12日(水)伊豆シャボテン動物公園を訪問しました。

note用看板1

note用看板2

note用ビル訃報掲示

バードパラダイスの看板と入口のガラス扉にはビルの訃報が書かれた掲示が。

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ビルの為に、餞別ながら献花用の花とちょっとしたプレゼントを贈りました。写真立ての表紙はマスキングテープを用いて手作りしたもの。中には私が自分で写したビルの写真が数枚入っています。

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note用寄せ書き

多くのファンからの言葉が集まったメッセージボード。私も簡単なイラストを添えて1枚メッセージを贈りました。

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ビルの献花台の全体図。訃報からまだ数日しか経っていないにも関わらず、既に多くの方からの献花が届いていました。

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献花の中には掛川花鳥園から贈られたものも。掛川花鳥園のハシビロコウ「ふたば」もビルと同じように長生きしてほしい限りです。

note用ビルファンプレ

ビルのオリジナル缶バッジのコーナーには、ファンの方から贈られたイラストやメッセージ、写真も飾られていました。

note用お花1

note用献花台2

来園時に訃報を知った方の為に、献花用の花も一本200円で販売されています。売上の一部はバードパラダイスの鳥たちの為に使われるそうです。

note用モニター1

note用モニター2

入口に設置されているモニターの電源は既に切られていました。真っ黒なモニターを前に、もしかしたらまだビルが生きているのではないか?と少し思い耽ってしまいました…。

note用ビルの部屋死後

note用ビルの部屋死後2

主亡き後のビルの部屋。入り口には網が張られ、他の鳥が中に入って来られない状態に。この部屋が今後どうなるのかが気になります。
少し寂しくなったバードパラダイスでは新しくホオジロカンムリヅルの子供が生まれていました。亡くなる個体がいる一方で、新たな命もまた生まれています。

5.ビルの最期とその後の行方

【※注意】ここから先の文章は私が独自に担当飼育員さんから伺った内容を含みます。公式から正式に発表されている情報ではないため、ご了承ください。(2021年5月22日(土)追記:ビルの剥製標本の展示が伊豆シャボテン動物公園内バードパラダイスにて開始されたので、レポを追加しました。)

献花で来園した際に、現地で担当飼育員さんからビルの最期の様子ビルの遺体の行方と今後について直接伺うことができました。

■最期の様子について
ビルは亡くなる1週間ほど前から、エサを全く食べなくなったそうです。しかしながら亡くなる前日まで野外に出るなど、比較的元気な様子を見せていたそう。亡くなる当日は朝から室内でずっと座り込んだ状態で、開口呼吸を繰り返しており、担当飼育員に見守られながら静かに息を引き取ったそうです。
亡くなる当日は息苦しかったかもしれません…しかし、前日まで元気に歩き周っていたという話を聞き、彼がバードパラダイスの主として天寿を全うされたのだなと感じました。
寒さに弱く、病気で亡くなることが多いハシビロコウ。特に目立った病気になることもなく、老衰で息を引き取ったのは伊豆シャボテン動物公園の飼育員さんたちの献身的な飼育管理があってからこそだと私は思っています。

改めてここでお礼を言わせていただきます、今までビルの飼育に携わってきた皆様、本当にありがとうございました。

■遺体の行方とその後について
ビルの遺体の行方についても伺うことができました。ビルの遺体は現在、かつて彼が暮らしていた進化生物学研究所にあるそうです。(2021年5月22日(土)追記:現在は剥製標本は伊豆シャボテン動物公園、骨標本は進化生物学研究所の所蔵になっています。詳しくは後述)今後は標本として後世に残すそうで、骨標本は進化生物学研究所の所蔵品に、剥製は再び伊豆シャボテン動物公園に戻り、保管されるそうです。おそらく剥製の方はバードパラダイス内で展示されると思います。剥製としてですが、彼にまた会える日が来ることを楽しみにしています。

■2021年5月22日(土)追記:ビルの剥製標本が展示開始されたので様子を見に行ってきました
2021年4月28日(水)よりビルの剥製標本の展示が伊豆シャボテン動物公園内バードパラダイスにて開始されました。ちなみにこの日はビルの来園40周年にあたる記念日です。居ても立っても居られず、同月30日(金)にその様子を見に行ってきました。

参考:ハシビロコウ 「ビル」貴重な剥製標本として“故郷”に展示

追記:献花場

追記:献花場4

追記:掲示物1

追記:掲示物2

追記:掲示物3

追記:掲示物4

追記:掲示物5

バードパラダイス内にあるビルの献花台。亡くなってから半年以上経った今でも設置されていたことに驚きを隠せません。新たにハシビロコウの生態や野性下の現状、ビルの歴史や行動などを学べる掲示物が追加されていました。

追記:献花台

追記:献花台2

献花台にはファンの方から贈られた写真やメッセージ等が飾られていました。私が以前献花に訪れた際に贈った「写真立て」も飾られていました。ありがとうございます。

追記:献花場2

追記:献花場3

ビルへのメッセージカードが壁一面に貼られています。以前訪問した時よりもさらにたくさん増えていました。ちなみに現在もメッセージを書くことが可能です。

追記:羽根標本1

追記:羽根標本2

ビルの羽根も展示されていました。いろいろな部位の羽根を間近で観察することができます。ケースには鍵がかけられており、厳重に保管されています。

追記:剥製標本1

追記:剥製標本2

こちらが目的の剥製標本。クチバシの模様からビルということが一目で分かります。状態がかなり良く、羽根やクチバシがとても綺麗な状態で保存されています。

追記:剥製標本5

追記:剥製標本6

追記:剥製標本3

追記:剥製標本4

今まであまりじっくり見られなかった羽根や脚などの細かい部位も観察することができます。

追記:モニター

以前ビルの部屋(室内鳥舎)の様子が映し出されていたモニターには、ビルの生前の様子が記録されたビデオが流れていました。

■おまけ:進化生物学研究所の骨標本は一般公開されるのか?
前述したとおり、骨標本は進化生物学研究所の所蔵品として今後保管されるそうです。この標本が一般公開されるかは現在不明…ですが、付属施設のバイオリウム(注3)が一般公開されており、そこで展示される可能性も…?
もしくは併設されている東京農業大学所有の『「食と農」の博物館』で公開される可能性も十分あります。この博物館では企画展も定期的に行われており、仮に一般公開されずとも今後企画展等で限定公開される可能性も十分に考えられます。現在、日本の園館でハシビロコウの骨標本を収蔵しているところはほとんどないので、是非一般公開してほしいです。

注3:バイオリウムについて
進化生物学研究所の付属施設で、動物園、植物園、水族館といったくくりを取り去った「生きもの空間」をコンセプトとしている。温室内ではマダガスカルの貴重な植物やサボテン、ケヅメリクガメやレムール(キツネザル)といった生き物が飼育されており、無料で一般公開されている。

※バイオリウムに関してはおらゑもん(@weiss_zoo)さんの記事を参考にさせていただきました。オススメの記事なのでこちらも是非ご一読していただけると幸いです。

■最後に
今回ビルの訃報を通して、改めて彼が多くのファンに愛され、心の拠り所とされた存在だったということを実感しました。彼が生きて動いている様を直接自分の目でとらえ、写真という形でこの世に残すことができたのは、まさに僥倖に巡り合った気持ちです。

昔に比べて飼育する園も増え、飼育技術も徐々に浸透されつつあるハシビロコウ。今後ビルのように老衰まで長期飼育される個体が増えていくことでしょう。ビルの存在があったからこそ、日本のハシビロコウ飼育技術が発展したのだと私は思っています。

おそらく今後時代を経て、ビルの存在や記録は徐々に人々から忘れ去られてしまうことでしょう…だからこそ、直接ビルに会えた人間として伊豆の地にこの伝説的なハシビロコウが存在していたという事実を後世に伝えていければと思っています。
この記事を通して、ビルの生きた雄姿が少しでも多くの人々の胸に刻まれてくれれば幸いです。

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ビル、長い間お疲れ様でした。

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