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禍話リライト / 忌魅恐NEO 『誰のものでもない着物の話』

0.序章

 これはAさんが大学生の頃に体験した話である。

 ある日サークルの部室へ行くと、男性数名の先輩達が落ち込んでいた。
 事情を聞いてみると、彼らは先日肝試しへ行ったそうだ。舞台に選んだ心霊スポットはトンネル。ゾッとするような怖い展開……などは無く、見事な期待はずれだった。

 しかし、恐怖体験という戦利品なしで帰ることに未練があったのだろう。適当にネットの掲示板で検索したところ、“とある廃墟の噂”を見つける。
 一行はさっそく車を走らせることにした。


1.廃墟

 急遽予定を変更した先輩達。目的地に着く……が、そこは至って普通の住宅街だった。

 奇妙な事に、施錠が甘かったのか廃墟へはすんなりと入れたそうだ。中は何の変哲の無い、一般的な一軒家。
 しばらく家の中を散策する。すると、奥に小さな和室があった。他の部屋と同様、特に期待はせず中に入る。

 しかし、その和室には信じられない物があった。

 それは——古びた家には似つかわしくない、新品の如く綺麗な白い着物であった。


 しかも、畳の上に“敷いてあった”のだ。


……誰も住んでいない古びた廃墟に似つかわしくない、新しく綺麗な白い着物。これだけで気味が悪いのは、想像に難くないだろう。

 しかし、(日頃から少しふざけがちな)先輩のSさんは、事もあろうかその着物を羽織ったのだ。

 ふざけるSさんに他の先輩達はドン引きする。しかし、それ以外はこれといったトラブルも無かった為、一行はそのまま解散して帰宅するのであった。


2.異変

 先輩たちがここまで話し終えると、次の話題はこの場に居ないSさんへ。
 Sさんが今サークルに来ていない理由。それは、怪我をして入院したからだ。

 その言葉にAさんは耳を疑った。なぜなら、Aさんが学校へ行く途中にSさんの家の前を通り、本人に会ったからだ。
 Sさんはベランダに出て洗濯物を干していた。そして、いつもと変わらずに「おぉ!A〜!」と手を振っていたのだった。

 混乱するAさんは疑問に思いながらもサークルを後にし、帰路につく。帰り道にSさんの家の前を通るが、一人暮らしの部屋には明かりが点いていた。

 その日の晩、廃墟へ行った先輩の一人から電話が掛かってきた。「こんな時間に何だろう?」と電話に出るAさん。
 すると、受話器の向こう側から先輩のただならぬ様子が伝わってくる。どうやら先輩はコンビニへ行っていたらしく、その帰り道に電話をしているようだ。

 狭い路地を歩いていると、後ろからSさんが追いかけて来たと言う。


 しかもSさんは、白い着物を羽織った状態で無言で追いかけて来たのだ。


 ますます混乱するAさん。
「昼間にベランダから手を振っていたSさん。帰り道に見た、電気の点いたSさんの部屋……Sさんは一日も経たず、すぐに退院したのだろうか?」

 いったい何が真実なのか——病んでいるのは、白い着物を羽織って追いかけて来たSさんなのか?それとも、狼狽してしまった先輩たちなのか?

 とうとうAさんは、例の廃墟に行って確かめる事にした。


3.潜入

 Aさんはサークル仲間とは違う同級生と共に、真っ昼間に例の家へと向かった。場所は噂通り、普通の住宅地であった。
 しかし、すぐに近所の人に見つかってしまう。

「噂を聞いて来たんだろうけど、そんなところへ入るもんじゃ無いよ」

 今まで肝試しに来た人がいたのか、そう忠告する近隣住民。
 Aさんが正直に事情を話すと、何か察してくれたらしい。「立ち話もなんだから」とその人は自宅の玄関先にAさん達を招き、話を聞かせてくれたのだった。


4.由縁

 最初の住人は所謂“普通の人”だった。その後、初代の住人は至って平凡な理由で引っ越すことになった。

 そして、今度は家族が引っ越してくる事になった。
 その家族——この家が忌み嫌われる元凶となる——は全員が男性。家族構成は祖父・父親・高校生くらいの息子であった。

 (これは偏見も入るが)男性ということもあり、一家は全く挨拶を交わさなかったらしい。強いて言うなら息子さんくらいは小声か会釈で返してくれる位で、全員物静かな家族であった。

 ある日、例の家の前で大きな車が停まる。
 車から出てきたのは車椅子に乗った女性。家族はその女性と車椅子を家へ運び込んだのだ。

 (高校生の息子から見て)母親もしくは祖母だろうか?どちらにせよ、これまで全く無かった笑い声が家から聞こえるようになった。


——しかし、ここでまた奇妙な事が起きる。


 ある朝のこと。例の家のお隣さんのところへ、父親が謝罪しに来たのだ。
「昨日はすみませんね〜」と申し訳なさそう謝る父。てっきり笑い声がうるさいと思って謝罪に来られたのだなと思うお隣さん。
 しかし父親は、不可解な言動を続ける。

「夜中の◯時頃、トイレに立った家内と目が合ってしまったようで……すみませんねぇ」

 確かに前日の晩、お隣さんは目が覚めてトイレへ行った。しかも時間まで合致する。
 だが、いくら住宅地の隣同士だとしても、ある程度離れてはいる。目を合わすことは不可能な距離なのだ。
 さらに、反対側の隣の住人にも同様の内容で謝罪していたそうだ。

 母親が戻ってきた事で、平穏な暮らしをしていたと思われる例の家。
 それでも父親の奇妙な言動に、周辺の住民は引っかかっていた。

 ある日、近隣住民が例の家に行くと玄関のドアが開けっぱなしであった。
 靴が無い為どこかへ出掛けたのだろうと考えられたが、車は置きっぱなしである。

 施錠もされず人っ子ひとり居ない事態を不審に思い、家の中を調べる(家具はあるが中には殆ど何も入ってなかったそうだ)。
 そして、異様な光景が目に入る。

 家族が囲んでいたであろう食卓。おそらく女性が座っていたであろう席。そこに、綿をぐるぐる巻きにして人型にしたものが座っていたのだ。
 また、男3人が座っていたであろう椅子。そこにはマチ針が真ん中に刺さっていた。

 そして、問題の先輩たちが着物を見つけた奥の和室。そこには白くて大きな布が絨毯のように敷いてあったようだ。


 これは後から聞いた話だが、元々父親が結婚していた奥さんとは離婚していたそうだ。
 しかもその奥さんは現在再婚しており、例の一家が引っ越してくる前の街で新しい家族と共に住んでいたのだ。

 では……あの車椅子に乗った女性は誰だったのだろう?

 奇妙で不気味な話だが、今でも時々管理者らしき人が尋ねては白い布を新しい物に替えて敷いているらしい。しかも、昼間ではなく近隣住民が気付かないであろう夜にコソコソと換えに来ているそうだ。
 そこで不可解なのが、律儀に換えられているのは白い着物ではなく白い布だったという事だ。

——なぜ先輩たちは、布ではなく着物と言ったのだろう?

 話してくれた近隣住民に礼を言い、帰ることにしたAさんたち。
 しかし、着物なのか布なのかがどうしても気になる……思い切って、同級生の一人が“サッ”と覗く事にした。

 急いで確認しに行く同級生。すぐに戻ってきた彼曰く「布!」だった。「誰がどう見ても布だ!」と……

 帰路につくまで、Aさん達の間では「なぜ先輩たちが見たのは着物だったのだろう?」という話題になっていた。

“布から着物”
“切って、縫う”
“針と糸”
——食卓の椅子に刺さっていた、“マチ針”

「このまま考えたら、繋がってしまう……」
Aさんたちは無理やり会話を終わらせる。そして各々帰宅したのだった。


5.顛末

 それからAさんはすぐにサークルへ行くのも気が引けたので、距離を置いていた。
 再び顔を出そうとしたのは、件のことから2週間後。すると、部室からちょっと離れたところでサークルメンバーの女の子が怖がっているようだ。その子は部室に入れないとテンパっていた。

「まさか……こんなところに泥棒が?!」

 Aさんは慎重に廊下を歩いて部室へ向かう。明るい廊下と相反する、暗い部室。そっと覗いてみるAさん。

 真っ暗な部屋の中、例の家に行った先輩たちが座っていたのだが——大きな布を被って会話していたのだ。

「今日このあとどうする〜?」
「そうだな、飲みに行くか?」
いつもと変わらない日常会話だ。ただし、大きな布を被っている意外は……

 先ほど怖がっていた女の子たちによると、Aさんが来る一時間前から先輩たちはこのような状態だった。
 結局翌朝まで状況は変わらなかったそうで、学校関係者が外部の人間を呼んだそうだ。意思疎通も出来ずそれぞれのご家族も呼ぶ事になった。

 一方、Sさんはどうなったのだろう。
 なんとSさんは怪我自体はしていなかったそうだ。しかし……道端で刃物を持っているところを職質され、捕まっていたのだ。言動不明瞭で変な薬の使用も疑われたが、もちろん検査ではそのような物は出なかった。結局、Sさんのご家族も呼ばれる事となる。

 問題はSさんが持っていた刃物だ。
 その刃物とは……裁縫用の大きな裁ちバサミだった。

結局、夜中にあの廃墟へ行った者——誰のものかわからない着物を見てしまった先輩たち全員がおかしくなってしまった。

 果たして、布ではなく着物だと思ったからおかしくなってしまったのだろうか?
 真相は誰にも分からない。が、話はここで終わりではなかった。


 ここからは、この話を聞いた者へと焦点が変わる。
 話の中で、電話を掛けてきた先輩がSさんに追いかけられる場面があったと思う。そこでちゃんと“着物を羽織っていた”と説明したにも関わらず、白い布を被っているのをイメージした人がいたのだ。

 そして、白い布を想像した人たちは家の周りを追いかけられる夢を見てしまったらしい。しかもその夢では、なぜか自分が知らないサンダルを履いていたのだった……。

 さて。この禍話を聴いた、もしくはこのリライトを読んで下さった皆さま。
 先輩がSさんに追いかけられるシーンでは、どのようなイメージを思い浮かべましたか?


この話は、かぁなっきさんによるツイキャス
禍話『禍話アンリミテッド 第十二夜』(2023年4月1日)から一部を抜粋・文章化した物です。

禍話アンリミテッド 第十二夜
https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/763382644

禍話:X
https://x.com/magabanasi

禍話 簡易まとめ wiki
https://wikiwiki.jp/magabanasi/

また、こちらのリライトを朗読で使いたい等ご希望がございましたら、必ずこの記事のURL掲載と筆者名(汐音 葉月)の明記をお願い致します。


6.ちょっとした考察と後書き

※ここからは筆者による妄想と後日談なので、興味のある方のみお読みください。

 本家の禍話では、語り手のかぁなっきさんが「家庭科でしか裁縫を知らない男性が安易に着物を作ろうとした」と語っている。

 そこでふと疑問に思う——なぜ白い布から白い着物を作ろうとしたのか?

 白い着物で思い浮かぶのが、婚礼衣装死装束だ。どちらにせよ、一家にいた女性のために作ろうとしたのでは?と自分は邪推してしまう。

 食卓に座っていた、綿をぐるぐる巻きにして人型にした物体。あれで女性を偶像崇拝していたのではないかと妄想を膨らませると、なんとも気味が悪くなってしまった。

 ちなみにこのリライト筆者、先輩がSさんから追い掛けられるシーンでなぜか『白いシーツを被ってハロウィンのお化けのようになったSさんが追いかけてくる』のを想像してしまいました。
 自分でもなぜだかわかりません。ただし、それからは特に悪夢などは見ていません。

 
生まれてこの方、心霊的な体験などがまっっっったくない筆者。ただ、本当は夢を見ており記憶から全て消した……ってことは、無いかなぁ。笑

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