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雪那自分的解釈

「今年は数年に1度の大寒波が襲います。」
天気予報士がそんなことを言っている日に僕達はお別れをした。


大学2年生の春、大学の図書館で彼女と初めて会った。授業終わりに課題を終わらせるために図書室に行き自習できる1人用の席に着き課題を始めた。隣の席からいつも聴いているインディーズバンドの曲が聴こえてきた。

そっと覗いてみると、彼女はそこにいた。世間的には清楚系と言われるであろう服装でパソコンを開いて、難しそうな専門書を読みながらイヤホンで音楽を聴いている。本を持っている綺麗な指がリズムを取っていたので勉強しているのか音楽を聴いているのか分からなかったけれど、あのインディーズバンドの曲を聴いているということは音漏れですぐにわかった。

自分はあまり話しかけるのが得意なタイプでは無いけれど、その曲を聴いている人が目の前にいることが嬉しくてつい声をかけた。
「そのバンドいいですよね。」
彼女はきょとんとした顔をする。
「音、漏れてました?ごめんなさい。」
そのバンドをきっかけに彼女と日を追う事に仲が深まっていった。その中で、彼女が大学4年生であること、音楽の趣味が合うこと、たまに図書館で勉強してることを知った。

梅雨になる頃、僕達は付き合った。そのバンドのライブにも2人で足を運んだ。きっと100人も入ったらぎゅうぎゅうになるだろうなという下北沢の小さなライブハウスに立つそのバンドは輝いて見えた。チケットが高かろうが、お客さんが少なかろうがどうでもよかった。彼女と共有するそのバンドとこの時間さえ続けばいいと思った。

梅雨が明けてジメジメと暑い夏が来た。暑いと言うか、熱いが合ってるなと思うくらい生き地獄の様な気温だった。ちょうど夏休みになったタイミングで海にドライブに行った。そんなに綺麗な海ではなかったけど、心から海を楽しみにしてたと言わんばかりの彼女の白いワンピース姿が幸せをくれた。

秋頃になり、彼女は就活で苦しそうにしていた。パソコンを開いてはオンライン面接やエントリーシートを書いたりと慌ただしかった。もう、あの頃とは違って毎日のようにスーツを着てビジネスバッグを持ち将来のために必死そうに見えた。

自分にはその焦りが分からなかった。
「求人なんてネットで調べれば腐るほどあるのに。」
その程度だった。

今振り返ると、その程度。だったからきっとダメだったのだと思う。
秋から冬にかけて、会う頻度がどんどん減って行った。その頃は「忙しいからな、就活終わればまた戻るでしょ。」としか考えていなかった。浅はかな考えだった。

さすがにダウン着ないといけないくらい寒くなった時、彼女の就活は終わった。でも、もうあの頃とは全く違った。違和感じゃなくて確信だった。
もう彼女は大人になっていた。大学2年生の自分には受け入れられなかった。現実的な考え方、落ち着いた髪色、薄くなった化粧。どれを取っても自分から見たら「大人」だった。

その冬の間何度も喧嘩した。先のことを考えていない自分の甘いところを何回も怒られた。「忙しいから。」と言う彼女の口癖も何回も怒った。

だから別れるべくして別れたのだと思う。

栃木県のある田舎町に大雪が降った日。
空が雪雲で覆われた日。
きっとあの空が終わりを告げていたのだと思う。

枯れた花が戻らないように、ライブハウスで拳をあげたふたりが戻らないように、海ではしゃいでいた彼女が戻らないように。

それ以上はなかった。
なかったと言うべきでは無いかもしれない。望まなかった。きっとお互いに。2人が感じていた違和感はただ2人が赤い糸が切れないように気付かないふりで誤魔化しているだけに過ぎなかった。


大学3年生の冬。また雪が降りそうな時期。
1年前のことが脳裏に浮かぶ。
あんなに一緒にいても、楽しくても、終わってしまう。永遠に見えたものが、絶対だったものがそうではなくなってしまう。それは紛れもなく彼女から教わった。

今になって思う。多分、愛には形なんてなくて、あなたさえいてくれれば、自分に足りないものなんて何も無かったんだ。と。


例のあのバンドが新曲を出した。
「雪那」って曲。
今日は雪がちらついている。
明日の朝にはきっと雪なんて微塵も残ってないだろうから。
「雪那だろ絶対」
って2つの意味でツッコミを入れた。きっと少し抜けてる彼女はこの曲を「ゆきな」って読むだろうとか思いながら足早に家に帰った。

フィクションです。


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