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執筆ステップ1.2.3.4

執筆ノウハウとかではないです。

エブリスタで公開中のネタバレ構想メモの中から抜粋したものです。
この小説の最終章を書くにあたっていつもより段階を踏んで執筆することにしました。段階ごとに文字数が増えていくのが子どもの成長を見守ってるような気分になったので記録として(?)。いつもこんなふうに書くわけじゃないです。

ステップ1 場所・メインの内容・サブ内容を各話ごとに決める

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劇場
帝都リンカサーカス公演鑑賞中のナリッサとイアン
婚約の噂話
皇室と獣人の関係

ステップ2 ステップ1で決めたのをざっくり文章にまとめる

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劇場
帝都リンカサーカス公演鑑賞中のナリッサとイアン
婚約の噂話
皇室と獣人の関係

舞台では獣人によるサーカス。ゼンとコトラの姿。獣化を交えたショー。イアンとナリッサは皇族席で観覧中。サラとジゼルがついて来た
サラは未だ見えない触れられないまま。誰にも見られないのをいいことに舞台にかぶりつきで観覧。
背後から皇女とベルトランの結婚を噂する声。リアーナとユーリックの離婚間近の噂も。皇宮に戻っているリアーナ。
正式に皇女に婚約を申し込んだイアンだがジゼルが「結婚するのか?」と聞くと苦笑。婚約は宰相の思惑。頑なにユーリックのことを話題にしようとしないナリッサ。
魔獣生息域の変化について貴族の間で噂が広まっている(モリーヌのお茶会で言及→皇太子妃ナディヤ→カルラ皇妃→貴族のお茶会)
獣人兵士を採用したアルヘンソ兵団の活躍の報、皇太子補佐官が獣人で紫蘭騎士団員には他にも獣人がいるとい噂。ジャンとランドの戦いを見ていた貴族が当時の状況を話している。
獣人に対して未だに嫌悪感を滲ませる帝都民にうんざりするサラ。
相変わらず調子良くサーカス公演を締めるゼン。「変身してみろ」の野次に猫耳を被ってみせる手品で笑わせる。ナリッサは召喚時にゼンがいたことを覚えていた。

ステップ3 ステップ2を元に会話でストーリーを進める

1▷帝都リンカサーカス公演鑑賞中のナリッサとイアン
劇場 婚約の噂話
皇室と獣人の関係

舞台では獣人によるサーカス。貴族向けにきらびやかなショー。平民向けは別の場所で(フィリス治癒員近くの広場で獣人ショーを)やっている。ゼンとコトラの姿。イアンとナリッサは皇族席で観覧中。サラとジゼルがついて来た
サラは未だ見えない触れられないまま。誰にも見られないのをいいことに舞台にかぶりつきで観覧。
背後から皇女とベルトランの結婚を噂する声。リアーナとユーリックの離婚間近の噂も。戦闘地帯の領境から離れているためリアーナはまだアルヘンソ邸にいる。このまま皇宮に戻らずフェルディーナ公爵領に戻るのではと囁く声。
正式に皇女に婚約を申し込んだイアンだがジゼルが「結婚するのか?」と聞くと苦笑。
「婚約は宰相の思惑。こっちが望んでも陛下から許しが出るはずがない。求婚の件はまだユーリック殿下の耳に入ってないと思うけど、殿下もきっと反対するはず」
「殿下はなんでもかんでも反対しかしないわ。治癒師の資格を取らせてほしいって言ったのも結局うやむやのまま。辺境地に行きたいと言っても皇宮に閉じ込めたまま」
「ナリッサ様も事情はお分かりでしょう? アルヘンソ領とバルヒェット領の領境付近ではまだ戦闘が続いています。皇女殿下がそんなところに行くなんて」
「知ってるでしょ。皇女じゃないわ。わたしは平民ローズの娘の治癒師なの」
「もし皇族を離れることになってもガルシア公爵令嬢です。令嬢としては皇女の次に身分が高い」
ワアッと歓声とともにヒソヒソと囁き合う貴族らの姿。獣化を交えたショー。
魔獣生息域の変化について貴族の間で噂が広まっている。カルラ妃が開いたお茶会でそのことを話していたというから、おそらく情報経路はモリーヌ皇妃のお茶会に招かれていた皇太子妃ナディヤとヒメナ。彼女らがカルラ妃に話して広まったのだろうと推測するサラ。皇室から公式に発表されたわけではない。
獣人兵士を採用したアルヘンソ兵団の活躍の報、皇太子補佐官が獣人で紫蘭騎士団員には他にも獣人がいるとい噂をする観客。ジャンとランドの戦いを見ていた貴族が当時の状況を話している。
獣人に対して未だに嫌悪感を滲ませる帝都民にうんざりするサラ。
相変わらず調子良くサーカス公演を締めるゼン。「変身してみろ」の野次に猫耳を被ってみせる手品で笑わせる。
「わたし、あの人知ってるかもしれないわ。顔は白塗りだけど、細い目とあの声、特徴的だもの」
「へえ。あの道化師は名物なんですよ。リンカ・サーカスをご覧になるのは初めてと言われてたのに、一体どちらで?」
「……魔塔で」と耳元で囁くナリッサ。仲睦まじい様子を貴族らがチラチラ見ている。その視線に気づいてパッとナリッサが離れる。
「まだ正式な婚約ではないですが、世間的には婚約した同士なんですから。いちいち気にする必要はありませんよ」とイアン。
「でも、婚約しないのだから誤解されない方がいいでしょ?」
「ナリッサ様が誰に誤解されたくないのか知りたいところです」
「からかわないで下さい。それよりあの男。ジゼルは覚えてない?」
「あれは魔力のない魔術師だ。おそらくイアンとは気が合いそうな気がする。狂ってるからな」
「どういう意味?」
「お前が怪しげなことをして魔力を得ようとしただろう? あいつはマナ経路がないくせに特殊なやり方で魔術を使える」
目を輝かせるイアン。ジトッとイアンを睨むナリッサ。
「ベルトラン卿、ゾエに心配かけるようなことはしないで下さい」
サーカスはフィナーレ。

ステップ4 ステップ3を元に本文執筆

『オペラ劇場の獣人』

 舞台の中央で白虎が吠え、客席のそこかしこからキャアと可愛らしい叫び声があがった。うら若い声の主たちはあざとさを出し惜しむことなく隣席の男性にしがみつく。

 薄暗く照明の落とされた馬蹄型のフロアは満員御礼だった。ほとんどが十代の令嬢令息らしく、キャッキャウフフな雰囲気がバルコニー席まで漂ってくる。

 触れ合えるってスバラシイ。

 同年代の子たちが恋愛にうつつを抜かしてる姿は、スキンシップに飢えた幽霊にとってかなり羨ましい光景。

 一方、フロアを囲うバルコニーのボックス席は加齢臭と香水臭を放っていた。髭の紳士と重たげな宝石をジャラジャラ着けた貴婦人。キャッキャウフフは遠い昔、エッヘンオホホな腹の探り合いだ。聞こえてくる会話は政治やゴシップといったスポーツ紙ネタ。スポーツ紙なんてこの世界にはないけど、ここ最近では新聞のようなものが隔週で発行されている。

 リンカ・サーカス団の帝都オペラ劇場公演が新聞の一面を飾ったのはおよそ一ヶ月前。『バルヒェット事変』と呼ばれるようになったバルヒェット辺境伯の独立宣言からは二ヶ月以上が経った。

 独立宣言の余波で辺境地は紛争が続いているけれど、帝都貴族は相変わらずの平和ボケ。恋に浮かれる若者も、恋など遠き日の思い出という大人たちも、こうしてのんきにサーカスを眺めてふんぞり返っている。

 客の一番の目的は帝都では珍しい魔獣。ではなく獣人の獣化だ。

 皇太子補佐官であり、紫蘭騎士団最強の騎士と言われたランド・アルヘンソ。彼が獣人だという噂は、獣人の温床だったリンカ・サーカス団の団員を彼が救ったという美談とともに思いのほか早く帝都まで届いた。

 開演前の待ち時間に会場を飛び回って盗み聞きした会話はランドのことばかりで、獅子獣人ジャンと皇太子補佐官ランドの戦いを観たという若い男の周りには人がいっぱい集まっていた。モリーヌ皇妃が銀月騎士団第二練武場で開いた騎士と獣人の異種族対戦試合のことだ。

 あの時も獣人じゃないかと思ったんだよ――、という男の言葉は本当かもしれない。ランドが獣人だと匂わせるようなことをジャンが口にしていたし、素人目にもランドとジャンの戦いは他の対戦と一線を画していた。観戦者はランドが獣人だと思っても当時は口にすることは憚られたはずだ。今でも男の話に嫌悪感を隠さず眉をひそめる貴族もいるのだから。

 新聞には獣人兵士を採用したアルヘンソ兵団の活躍が大きく載っているらしいけど、論調は必ずしも絶賛というわけではないようだった。ただ、顔は顰めても大っぴらに獣人を悪く言う貴族は減っている。紫蘭騎士団員には補佐官以外にも獣人騎士がいるという話が貴族のあいだで広まり始めているせいかもしれない。皇太子に楯突くわけにはいかないから。

 この帝都オペラ劇場でのサーカス公演は、いわば皇室による獣人キャンペーンのようものだ。リンカ・サーカス団は以前と変わらず『グブリア皇室公認』を掲げているし、帝都公演を提案したのはユーリック。獣人たちは強制されて姿を晒しているわけではなく、望まない団員はガルシア港でリンカ・サーカス船の修理にあたっている。

「ねえ、あの人もやっぱり獣人なのかしら?」

 振り返ると貴婦人が扇を口元をあてて中年紳士に顔を近づけていた。バルコニー席ではたぶんお手頃値段の最下段、舞台に一番近い下手側のボックス席の手すりにあたしは腰かけている。

 ピアスが壊れてノードとジゼル以外にあたしの姿が見えなくなり、そのおかげで天井のシミ幽霊になる必要もなかった。舞台上では道化師に扮した白塗りのゼンが両手いっぱいのバラを頭上に放り投げ、コトラが冷気で凍らせる。落下した花弁が粉々に砕け、掃除が大変だろうなぁと見ていたらバラの破片がフワッと風で巻き上げられてフロアの方へ飛んで来た。

 たぶん、今のはゼンの風魔法だ。

 バラの香りがふわっと鼻先を掠め、花びらの行方を追うと視界の端でナリッサがゼンを指さしている。彼女がいるのは舞台真正面のロイヤルボックス席。隣のイアンに何か話しかけて首をかしげ、イアンも「さあ?」というように小首をかしげる。手すりに座った白猫が、黒ニャンコスタイルのあたしを見下ろしていた。

 やっぱり獣人ショー観るなら黒ニャンコでしょ。尻尾を引き抜いてブンブン振ると、ジゼルは保護者みたいな顔でうんうんと頷く。相変わらずノードから子守りを仰せつかるのはあたしではなくジゼルだ。

「ほら見て、あなた。あのお二人ずいぶん仲がよろしいようですわ。婚約の噂は本当なのかしら」

 後ろの貴婦人の興味も皇女ナリッサと宰相の子息イアン・ベルトランに向いたようだった。フロアを舞ったバラに視線が誘導されたのか、バルコニーの貴族が同じように皇族席に注目している。

「貴族同士の結婚でも互いの意志など関係ない。まして皇女と公子なのだから、どんな思惑があっても表面的には仲睦まじく見せるさ。ベルトラン卿といえばナリッサ皇女のデビュタントパートナーをかって出ている。当時の皇女の評判は酷いものだったし、ベルトラン宰相が何か意図をもって息子を近づけたのだろう」

 いえ、むしろ息子の方が腹黒い意図を持ってみずから皇女に近づいたんですよ。今は仲良しだけど。

「だとしたらベルトラン卿はかわいそうですわ。あれほど見目麗しい方ですから結婚相手もよりどりみどりでしょうに、平民出身の、しかも皇帝陛下の血をひいているのかも疑わしい偽物と結婚なんて。ベルトラン家はオーラ家門だから妻は一人しか迎えれませんのに」

「今はそうだが後々はわからん。宰相は食えんやつだからな」

「どういうことです?」

「皇女が臣籍降嫁してベルトラン公爵家に入れば、皇位継承権を持つのはユーリック殿下一人になる。今のところユーリック殿下に子どもが生まれる予定はないし、辺境地が落ち着くまでは帝都には戻って来ないだろう。万が一戦地で皇太子が死ねばどうなる」

「皇女が皇位を継ぐということですか?」

「それは貴族の反発が大きすぎる。そこで注目を浴びるのが皇女の婚約者であり銀色のオーラを受け継ぐイアン・ベルトランだ。ルガース家が以前から皇族復帰を求めているらしいが、ベルトラン家の方が先んじることになるかもしれんぞ」

「では、ベルトラン卿が皇帝になられるかもしれないのですね? わたしはユーリック殿下に皇帝になってもらいたいです。歴代最強のオーラ所持者ですもの」

「だがなあ、ユーリック殿下は剣を握らせれば無敵なのだろうが、下の方の剣がずいぶん頼りない」

 あらいやだ、と夫人はニヤついた口元を扇で隠した。

「種無しと噂されていた皇帝陛下の息子だ。房事に関心がないのも代々受け継がれる性格なのかもしれんが、そういえば、南部で療養中のリアーナ皇太子妃とは離婚間近だという噂を耳にした。このまま皇宮に戻らず実家のフェルディーナ公爵家に戻るのではないかと」

「まあ、そうなんですか。か弱そうな方でしたから皇太子妃には向かないのではと思っておりましたが」

 言葉は同情的なのに、心の奥で嘲笑っているのが伏した目元から伝わってくる。他人の不幸は蜜の味、というやつだろう。

 とはいえ、ユーリックがリアーナに離婚を言い渡したのは麻薬事件のときだからずいぶん前になる。表向きにはアルヘンソ辺境伯領内の皇家直轄領別荘にいることになっているけど、実際にはアルヘンソ辺境伯邸に身を寄せているようだった。紛争地帯となっているバルヒェット領との領境からは遠く離れていて、リアーナに危険が及ぶことはないらしい。

 ノードはバルヒェット事変のせいでしょっちゅうアルヘンソ領に顔を出している。離婚が延び延びになっている理由をノードに聞いたら「病状は回復したのですが色々と」と濁されたけど、延び延びになっているのはリアーナとユーリックの離婚だけでなくあたしのピアス修復も先延ばしにされたままだ。

 ワアッと会場に歓声が響いた。

 空中ブランコから手を離したラビが宙返りの途中でウサギに変身し、そのまま舞台上に着地。ウサギにしては大型で、ルケーツク鉱山からバルヒェット港近くまで逃げてきただけあってずいぶん足が速そうだった。

 もう一本のブランコに足を引っかけてラビの手をとる体勢だった男性が、その場に取り残されたままブラブラと揺れて笑いを誘っていた。と思ったら突然虹色のオウムに変身してフロアの上を飛び回る。ぐるっと会場を周回したあと、ナリッサのいるロイヤルボックスの手すりにとまった。あのオウムさんは髪は染めているのだろう。でなければ虹色の髪で街をウロつくことになる。

 ナリッサがオウムの額を指先でなでていた。あたしは鳥みたいにフロアの上を飛んでジゼルの隣に腰を下ろし、寒気を感じたのかオウムが逃げるように飛び去っていった。ピアスが壊れて以来あたしの冷気は弱まっているけど、それでも多少の効果はある。ナリッサの手が名残惜しそうに宙をさまよった。

「サーカス団にあんなキレイな鳥がいたんだね。スクルースが嫉妬しそう」

 あたしが話しかけるとジゼルはケケッと笑う。

「何笑ってんの、ジゼル」

 イアンがジゼルを抱いて自分の膝に乗せた。

「イアン、貴族たちの反応を見てみろ。見世物として獣人を観るのに金を払っても、獣人を毛嫌いするのは相変わらずだ」

 イアンの視線がオウムを追っていく。バルコニーに近づくと貴婦人が体を奥に引っ込め、連れの男性がシッシッと手を払った。オウムは三ヵ所で同じように追い払われ、諦めたというより満足した様子で舞台に戻っていく。

「あの鳥も嫌がらせでやってるようだな。毎日のことだから貴族の反応もわかってるんだろう」

 ジゼルはニヤニヤと楽しげだったけど、ナリッサは不満げな顔でオウムを追い払った貴族を睨んでいた。

「平民街のサーカスの方がよっぽど気分よく観れたわ。規模は小さいけど大の大人があんなあからさまな態度はとったりしなかったもの」

「たしかに平民街の客は楽しそうでしたね。子どもがほとんどだったし、水を差すようなことは大人もしなかったし言わなかった」

 平民向けのリンカ・サーカスはフィリス治癒院近くの広場で週に一回開催されている。ナリッサとイアンは少し前にお忍びデートでそのミニサーカスを観に行っていた(と言っても平民に扮したマリアンナとオクレール卿もいた)。イアンはゾエと観たかったようだけど、彼の想い人はここしばらくニール研究所に籠りっぱなしだ。

「貴族の子どもって大変ね」

 ナリッサが見ているのは両親に挟まれて行儀よく座る貴族のおぼっちゃま。

「何人か子どもが来てるみたいだけど、椅子に括りつけられてるみたいにちゃんと座ってるもの。わたし、幼少期を平民街で過ごせて幸せだったんだと思うわ」

「結婚したらおまえが幸せにしてやるんだろう?」

 ジゼルが膝の上からイアンを見上げる。当人たちは半笑いだ。

「ジゼルだってわかってるだろ。ぼくらの結婚は成立しないよ」

「正式に婚約を申し込んでおきながら結婚する気がないとは、貴族も皇族も茶番を演じるのが仕事らしい」

 クアァと、子猫は大口を開けてあくびする。

「実際仕事だよ。皇女殿下とのぼくの婚約は宰相の意向で、ぼくは公爵家の後継者としてそれに従ってる。でも操り人形になる気はないよ。陛下の許しが出るはずがないし、ユーリック殿下もきっと反対されるはず。アルヘンソ領にいるからまだぼくが求婚したことは知らないと思うけど」

「たしかにあの男は反対するだろうな」

 ジゼルが同意を求めるようにあたしを見た。同意の言葉を口にしたのはあたしではなく不機嫌に口を尖らせたナリッサ。

「ユーリック殿下は何でもかんでも反対しかしないわ。治癒師の資格を取りたいって言ってもうやむやのまま。辺境地に行きたいってお願いしても皇宮に閉じ込めて。イアン卿が連れ出してくれなかったら退屈で仕方なかったもの」

「お役に立てて光栄ですが、ナリッサ様もユーリック殿下のお気持ちは分かってますよね。辺境地ではまだ戦闘が続いています。皇女殿下がそんなところに行くなんて心配で仕方ないですよ」

「皇女じゃないわ。わたしは平民ローズの娘の治癒師」

 困ったように首筋をかき、イアンはナリッサの耳元に顔を寄せる。その様子を何人かの貴族が横目にうかがっている。

「もし皇女ではなくなったとしても、あなたは平民ではなくガルシア公爵令嬢です。令嬢としては皇女の次に身分が高い」

 イアンを男性としてまったく意識していないらしく、ナリッサは顔色ひとつ変えないまま「あっ、見て」と舞台を指さした。

 上手から登場した真っ白な大蛇。舞台と客席の間にはオーケストラピットがあるにもかかわらず、慌てて逃げようと何人か席を立つ。大蛇はピロピロと真っ赤な舌を口からのぞかせ、ゆっくりと舞台を蛇行して下手にいるサーカス団員に絡みつくと客席の悲鳴が一層大きくなった。

「ナリッサ様は怖くないんですか?」

 問いかけるイアンの目は興奮でキラキラ。小説本編で子犬系アイドルキャラだったイアンが変態腹黒男の上に爬虫類好きと判明。今さら驚かないしショックも受けないけど。

「離れてるから平気よ」

 ナリッサは上手奥の方からゆっくり舞台中央へ向かう道化師を目で追っていた。道化師の腕にはフクロウ魔獣リーゴが乗っている。

 オペラ劇場でのサーカス公演では銃の使用が許可されなかったらしく、演劇仕立てのショーは脚本が書き換えられてリーゴが主役になっていた。継ぎはぎしたようなグダグダの脚本でも魔獣が登場して獣人が獣化すれば観客が湧く。オペラではなくサーカス公演だから。

 悪魔の使いとして演劇に大蛇が登場するのは相変わらずで、麻痺弾で蛇を撃つ場面が省略されていた。今繰り広げられているのは悪魔との最終決戦の場面。満を持して登場した大蛇に獣人をバカにしていた貴族たちがヒーヒー怖がってるのは情けない。辺境地では魔獣相手に戦ってるのに。

「あの蛇も魔獣なのかしら」と下の席から聞こえた。

 尻尾のある獣は二本テール以上が魔獣として分類されるけど、あの大蛇の尻尾はどう見ても一本しかない……と思ったら先っぽが可愛らしく二股に分かれていた。

「魔獣ではないでしょうか」と連れらしい男の声。

「そういえば、バルヒェット事変のあと爬虫類系の魔獣がニラライ河を渡って帝国中央部に出没していると耳にしました。辺境地紛争のせいで追い出されたのかもしれません」

「そうかしら」

 女性がクスッと小馬鹿にしたように笑った。あたしは興味をそそられてヒョイと手すりから飛び降りる。

 ロイヤルボックスの斜め下の席にいたのは思ったよりも若い二十歳前後の男女で、印象としては帝都住まいの貴婦人と、その愛人で帝都に出てきたばかりの田舎貴族。顔は整っているけど垢ぬけない服装の男性は、女性の顔色をうかがってぎこちない愛想笑いを浮かべている。

「先日、カルラ皇妃のお茶会に招かれたとき話題になったのだけど、バンラード王国にある魔獣生息域が変化しているらしいわ。帝国側に移動してきているとかで、バルヒェットに獣人が押し寄せてきたのもそのせいなんですって」

 女性がクイと男性の袖を引いてコソッと囁く。

「元はモリーヌ皇妃からの情報なのよ。モリーヌ皇妃がお茶会で話されていたんですって。カルラ皇妃のお茶会でモリーヌ皇妃の名を口にするなんて、ナディヤ皇太子妃は少々頭が足りないと思わない? モリーヌ皇妃は皇宮から追い出されて帝都の外れに幽閉されているという噂なのに」

「幽閉ですか。たしか、バルヒェットが皇妃の返還を要求しているんですよね?」

「あら、記者さん。その話は一体誰から?」

 この会場で純粋にサーカスを愉しんでいるのはどうやら安いフロア席を買った若い男女たちだけのようだった。バルコニーの客は誰もかれもゴシップに夢中で、ゴシップを提供する側の人間も紛れ込んでいる。

「それはまあ」と、男は生返事でチラリと舞台に目を向けた。

 舞台上ではリーゴがマナ振動波で大蛇を気絶させ、悪魔に勝利した勇者リーゴに道化師ゼンが跪いている。

「おお、さすが世界を救う勇者リーゴ様。あなたのその美しい羽色、愛らしい瞳、勇敢な……」

 喋っている途中でリーゴがゼンの頭に乗り、客席からは笑いが起こる。上手から出てきたコトラがお決まりのようにヒップアタックでゼンを転ばし、勇者リーゴはコトラを引き連れて下手へと消えていった。道化師は肩をすくめて立ち上がり、観客席に向かって頭を下げる。

「こうして勇者によって世界が救われました。我々リンカ・サーカス団も安心して皆さまをお見送りすることができそうです」

 その言葉を合図に舞台には人と獣が一斉に集まって来た。どうやらそろそろフィナーレらしい。

「道化師! おまえも獣になれ!」
「獣人なんだろ」

 野次を飛ばしているのはフロアの若者たち。

「バレてしまいましたか」

 ゼンは手品のようにパッと猫耳カチューシャを取り出し、帽子をとって頭につけた。黒猫なのはやっぱりダークビースト団員だから。

「尻尾がないぞ!」

 言われたゼンが隣にいた団員のベルトを引き抜くと、会場ではさらに笑い声が大きくなる。

「ねえ、イアン卿。やっぱりあの人のこと知ってる気がするわ。顔は白塗りだけど、細い目とあの声、特徴的だもの」

 ナリッサが手すりに両手をついて舞台を見下ろしていた。団員が勢ぞろいした舞台を、観客が拍手で包み込んでいる。イアンも立ち上がってナリッサの隣で手を叩いた。

「あの道化師はリンカ・サーカスの名物らしいです。これまでは船で帝国を回っていたのでサーカスを観に行かない限り目にすることはないと思いますが、もしかしたら……」

 イアンの含みのある言い方にナリッサが「最後まで言ってよ」と彼の腕をポンと叩く。

「サーカス船といえば魔獣と魔術ですよ。魔術と言えば」

 始終顔を寄せてヒソヒソ話をしている皇女と公子に注目している貴族は開演時より増えている。イアンは思惑があってそうしているに違いないし、ナリッサの場合はユーリックへの当てつけのような気がした。この調子だと悪女と腹黒公子の熱愛は明日には帝都中に広まるはずだ。

「おまえら、やっぱり結婚すればいいんじゃないか? さっきから見てればイチャイチャと。注目されてるのも気づいてるんだろう?」

 イアンの肩の上でジゼルは半ば呆れ顔だ。
 
「聖魔様のお察しのとおりわざとですよ。正式な婚約が無理だとしても、今はナリッサ様に変な虫がつかないよう牽制しておかないとね。ルガース家の三十路男と婚約するのはナリッサ様も嫌でしょう?」

 ナリッサは絶句してイアンを凝視している。初耳という顔。

「ルガース家ってカルラ皇妃殿下のご実家よね? カルラ皇妃には一度お茶会に招待されたんだけど、わたしあの方苦手だわ。裏がありそうで」

「その直感は当たっていると思います。ルガース家は以前から皇族復帰を狙っているのですが、皇家と姻戚関係になればことを進めやすくなりますから」

 あたしが「イアンが帝位を狙ってるって噂されてたよ」とジゼルに教えると、ジゼルはそのまま「イアンは帝位を狙っていないのか?」と無垢な顔で伝言ゲーム。当のイアンが苦笑を浮かべる。

「ぼくが皇帝になりたいなんて考えると思う?」

 数秒無言の後、「ないな」とジゼルが首を振った。

「皇帝になったらおまえとゾエとの結婚は完全に無理だろうし、それに、おまえのような変態が皇帝になったら帝国民が哀れだ」

「たしかに」とナリッサが拍手しながら深くうなずいている。

「二人ともぼくのこと変態って言うけど、好奇心を持つのは帝国の発展のためにも大事なことですよ」

 開き直った態度にナリッサは「詭弁」と一蹴し、ジゼルは「たしかにな」と肯定した。イアンの肩を蹴ってジゼルが手すりに着地する。

「さっきからナリッサが気にしているあの男。あれは魔力のない魔術師だ。おそらくイアンとは気が合うぞ。狂ってるからな」

「魔力のない魔術師?」

 ナリッサとイアンの声が揃った。二人同時に口を塞いだけど、フィナーレで盛り上がっている会場で声はあっさり拍手に埋もれる。

「イアンが弱小魔獣との血の契約で魔力を得ようとしただろ? それと似たようなものだ。あの男は生まれつきマナ経路がないくせに特殊なやり方で魔術を使えるようになった」

「本当? そのやり方って」

「ベルトラン卿」

 かしこまった呼び方で言葉を遮られ、イアンの輝いていた瞳がスッと冷静さを取り戻す。出会った当初はナリッサに対して強気だったくせに、イブナリアの末裔と知ってからイアンが彼女に対して不遜な態度をとることはない。

「ゾエに心配かせるようなことしたらタダじゃおかないからね。ジゼルも余計なこと教えないで。どうせ捕まるようなやり方なんでしょ?」

「そうだな。召喚獣が必要だからバレたら捕まって火あぶりだ」

 ナリッサがビクッと肩をすくめたのは自分がすでにその禁を侵しているからだろう。イアンも魔獣との血の契約で黒魔術を使っているのに、絶対バレないと高を括っているのか動揺する素振りはない。

「そういえば、ナリッサがジゼルを召喚したことイアンは知らないんだよね」

 あたしが口にするとジゼルも「そうだった」という顔をする。

「まったく、聖魔を召喚できるというのに召喚獣を禁じるなんて帝国は愚かとしか言いようがないな」

「そうだよね」

 前のめりに同意したイアンは、もしかしたらナリッサの秘密に気づいているのかもしれない。


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