掌編/午前3時の来訪者
はげしい雨音で目が覚めた。蒸し暑さに数センチ開けていた窓から雨が吹き込んでいる。カーテンが揺れた。
フラッシュがたかれたような光、間をおかず轟音が鳴り響いた。一瞬見えた置き時計は3時を示していた。彼が来る時刻だ。
私はベッドから体を起こし、窓を全開にした。
「こんばんは」
彼はのそりと部屋に入り込む。いつものことながら鼻を突く獣臭。ずんぐりと太った胴体は泥まみれだ。
「どうして雨に降られるといつもうちに来るんですかね、あなたは」
私が聞くと、彼は半笑いでフガフガと鼻を鳴らした。
「濡れているのはお互い様でしょう。ほらあなたの寝間着もぐっしょりだ」
「雨が吹き込んでますからね、仕方ありません」
「雨ですか。ではそういうことにしておきましょう」
のそりのそりと歩き、彼は部屋のドアを開けて出ていく。
「シャワーをお借りしますよ。あなたはほら、しばらくそのブランデーでも飲んでいて下さい」
廊下の突き当たりにある浴室から水音が聞こえてくる。
窓の外に赤い月が見えた。出窓に置かれたグラスに手を伸ばし、ふと目についた置き時計は3時を示していた。
足元がぐっしょりと濡れている。シャンデリアの薄暗い明かりの下、じわじわと広がり続ける血は赤黒い色をしていた。
妻の長い髪は赤く濡れ、その体はごろんと床に横たわったままだ。これはいつからここにあったのだろう。
手に持ったグラスが汗で滑り落ち派手な音をたてた。サイレンが鳴っている。逃げなければ。
全身から汗が吹き出した。ぐっしょりと服は濡れて肌に張りついている。寒い。置き時計は3時を示していた。
外に駆け出し通りを横切った。一瞬の光、轟音と衝撃が体を打ち付けた。
はげしい雨音で目が覚めた。蒸し暑さに数センチ開けていた窓から雨が吹き込んでいる。カーテンが揺れていた。
「こんばんは」
「どうして雨に降られるといつもうちに来るんですかね、あなたは」
「シャワーをね、お借りしていたところでしたから」
「……はぁ」
ぐっしょり濡れたモノクロの体が、闇の中でぬらりと光った。
「もう少し浴室をお借りしますよ。あなたもどうぞブランデーでおくつろぎ下さい。目覚めないあなたには時間がたっぷりある。夢の中で一生を終えるあなたと、夢すら見られなくなった奥さん。どちらが幸せなのでしょうね」
廊下の突き当たりにある浴室から水音が聞こえてくる。
窓の外に赤い月が見えた。手のなかのグラスに口をつけ、ふと見ると置き時計は3時を示していた。
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