劇場版『名探偵コナン ゼロの執行人』感想――「彼女いるの?」発言の必然性について

注)こちらは2018年10月にprivatterに上げていた記事を移行したものです。

4DXをやっていたおかげで久々に観たので、今更ながら感想を。

といってもいろんな人があちこちで感想を書いているので目新しいことはないのですが、身近で見た人の何人かが「『安室さんって彼女いるの?』発言が唐突すぎて萎えた」と言っていたのが気になっていて(直後に「僕の恋人は……」がくるので、「格好いい台詞を言わせるために無理やりねじ込まれた」ような印象を受けたらしい)。

「全然唐突じゃないよ!」と思ってはいたものの上手く説明できなかったところが、最近ようやくまとまってきたので、備忘として残しておきます。

そんなわけで、本稿の話題は「コナンの『彼女いるの?』発言の必然性」について。

1.正義vs.正義

今回の映画の主軸が「コナンvs.安室(降谷)」だというところはあまり異論が出ないんじゃないかと思いますが(2人のバトルビジュアルなんてものがあるくらいだし)、より正確に言うとおそらく「コナンの正義vs.安室の正義」。

で、彼らの正義というのが、コナンは「個人を守る正義」で、安室は「全体を守る正義」。

コナンの「個人を守る正義」というのは、蘭を筆頭に「身近な大切な人たちを守る正義」であり、「犯罪によって被害を受ける無辜の人々を守る正義」でもある。

安室の「全体を守る正義」は、言わずもがな「国を守る正義」で、基本的には「国民を守る正義」でもあるのだけど、より多くの国民を守るために一部の国民を犠牲にすることがある。

この「安室の正義のもと犠牲になる一部の国民」が、「コナンの正義のもと守られる個人」と一致してしまったとき、2人は対立せざるを得ないわけで、それが今回の映画で起こった(安室が意図的に起こしたともいう)ことであると思っています。

2.互いの正義に対する認識

映画を見ていて面白いなと思ったのが、相手の正義に対する理解度の差です。

安室の方はコナンが「個人を守る正義」のもと行動していることをよく理解しているようでした。理解しているからこそ「小五郎を巻き込むことでコナンの本気の力を借りる」なんて作戦を立てるわけで、「蘭ねーちゃんのためかな?」「愛の力は偉大だな」あたりの発言からもその理解度が読み取れます。

一方で、コナンが安室の「全体を守る正義」を理解できているかというと、こっちはちょっと怪しいです。もちろん安室が公安の人だというのは知っているはずだけど、サミット爆破について、「テロの可能性を見出したが事故として処理されそうだったので事件化のために容疑者をでっちあげた」ところまでわかっているのに、その上で「なんでこんなことするんだ!」という言葉が出てくるところを見るに、おそらく理解できているとは言い難い。

つまり、映画開始時点では、安室が一方的にコナンの正義を理解している状態になっていたのかなと。

3.視聴者の2人に対する認識

ちょっと本筋を外れてメタ的な話をすると、視聴者はもちろんコナンのことはよく知っています。主人公なので(基本的に)隠し事はないし、大切な人を守るために体を張っている姿を何年も見ているので。

一方で安室はどうかというと、私立探偵として登場し、黒の組織の幹部かと思いきや実は公安警察官だった、というところまで判明しつつも、いまだに敵なのか味方なのか判然としないところのある人物(映画の冒頭でも「謎の多い男」と紹介されているくらい)。

よって、視聴者はよく知っているコナン寄りの目線で映画を見ることになります(主人公なので当然ですが)。つまり、視聴者もコナンと一緒に事件を追いつつ、「今回の安室さんは敵かもしれない」=「安室の行動の理由・目的は何なのか?」を考えていく立場に置かれている、ということ。

4.「彼女いるの?」発言に至るまで

ここまでを踏まえて、映画の流れを必要なところだけ見ていきます。

①小五郎が連行された直後

事務所から降りてきたコナンと、それを見計らったかのように登場する安室がポアロ前で接触する場面。

コナンの「なんでこんなことするんだ!」に対し、「命に代えても守るものがあるからだ」と回答する安室。ここからコナン(と視聴者)は、サミット爆破事件と合わせて「安室の行動の理由・目的」という謎を追っていくことに。

②公園での邂逅

「捜査会議の盗聴かな?」という安室の煽りから始まって、風見がかわいそうな目にあう場面。

ここで重要なのは安室の「君は毛利小五郎のためなら一生懸命になれるんだね……それとも蘭ねーちゃんのためかな?」(※うろ覚え)という台詞。コナンの行動理念を理解していることをうかがわせる発言。

③建設中のビルのエレベーターでの会話

RX-7ごと乗り込んだエレベーターの中で、コナンが発車までのタイマーをセットした直後の場面。

安室の「愛の力は偉大だな」発言を受けて、コナンも自分が全力を尽くす理由(蘭への愛)が安室に理解されていることを察したと思われます。

④発車直前

話題の「安室さんって彼女いるの?」の場面。

この台詞の行間を妄想で埋めると、「ご指摘のとおり俺は蘭を守るために体張ってるけど、安室さんにも、罪のない人を巻き込んで、自分もむちゃくちゃやって、そうまでして守りたい相手がいるの? 『命に代えても守りたいもの』って結局何?」という感じかなと思っています。

それに対する安室の回答「僕の恋人はこの国さ」は、表面的には「彼女いるの?」への返事ですが、ポアロ前でコナンが投げかけた「なんでこんなことするんだ!(なぜ罪のない人を巻き込むのか?)」に対する回答にもなっていて、つまり「一部の国民を犠牲にしてでも、国を守るため」。それが自分の正義であることを安室が宣言したということ。

映画開始時点では安室が一方的にコナンの正義を理解していたのが、ここでコナンも安室の正義を理解し、ようやく2人は相互理解に至りました(ついでに視聴者も安室の信念を再確認)。

同じ正義を掲げているわけではないけれど、果たしたいことが一致している今この瞬間だけは協力者になれる。

それを確認した直後、うなりを上げて走り出すRX-7。これは燃える……圧倒的燃えシーン……(物理的にも燃えている)。

⑤残った謎

「なぜ小五郎を巻き込んだのか」というコナンの問いに対して、「コナンの本気の力を借りるため」と安室が答える場面。

コナンに「まだ謎は解けてないよ」と言われるまで気づかなかったのですが、ポアロ前でコナンが発した「なんでこんなことするんだ!」という疑問は「なぜ罪のない人を巻き込むのか?」という問いだけでなく、「なぜ巻き込む相手として小五郎を選んだのか?」という問いを含んでいたんですね。

ここで「安室の行動の理由・目的」が完全に明かされるのと同時に、コナンの行動理念を正確に理解しそれを利用していた安室の怖さを再確認させられる構成がすごい。物語の構成萌えという新たな性癖に目覚めそうでした。

6.結局、「彼女いるの?」発言の必然性とは

タイトルで「必然性」などとぶち上げましたが、じゃあ問うている内容はともかく「彼女いるの?」という聞き方をする必要があったのかというと、たぶんないです。新一と蘭が恋愛関係にあることをふまえても、わざわざこの表現になっているのはやっぱりファンサービス的な部分が大きいと思う。

ただ、単に安室ファンに向けたリップサービスというだけでなく、コナンではこれまでにも「愛しい愛しい宿敵(こいびと)」、「最も出会いたくない恋人」などの台詞があるので、個人的には「お、『恋人(拡大解釈)』の新しいタイプが来たぞ!」という感じでもテンション上がりました。