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【エッセイ】電車の中にも冒険と、友情はあった。

電車に乗る機会がめっきり減った。フリーランスになってからは、運動不足になりがちだからと、ウォーキングを日課にしている。歩く機会は減らないようにしているが、電車となるとそうはいかない。

ふらっと、電車に乗ってとはいかないのだ。目的あっての電車。目的地があればギリギリ旅だ。だが、目的地なく乗る電車は、旅ではない。冒険だ。冒険に出かけられるほどのご身分じゃない。

仕事の打ち合わせで電車に乗る、もう目的地ははっきりしているし、時間も決まっている。だいたいみんなそんな具合で、電車にのるのだろうけれど。久々に電車に乗ると、些細な出来事が自分のなかで事件化されていく。

電車の座席は、長いものでだいたい六人掛けぐらいのスペース。人類は適切な距離感を持って、生きていくものだから、ここでもパーソナルスペースを発動する。両端から座っていく。

ドローンが人との接触事故を防ぐために、センサーの働きで近づかれすぎると、ドローン側が離れるみたいに。見知らぬ人と見知らぬ人は、磁石の同じ極のごとく、反発し合うのだ。

となると、三番目の人は、真ん中にとなるわけだ。いつも猫2匹とだけ会話をして仕事をしているものだから、人とのパーソナルスペースはバグっている。両端が埋まった電車の座席、私が座る正解の場所は「真ん中だ」。三番目の使命・役割とはそういうものだ。だが、どうしたことか、乗り込んだ乗車口の端からすたすたと歩いた私は、真ん中に座ることなく、奥側の端の隣にチョコン。

登場人物(同じ六人掛けチーム)
乗り込み口の端=男性・オジサン・五十代ぐらい
奥側の端=女性・たぶん二十代ぐらい
私=男性・おじさん・五十代前半

近畿日本鉄道・お昼前の車窓から

何も考えていなかったのだが、奥側の端にいるのが女性なんて見てもいないし、気にもしていないところに、チョコンと隣に座ってしまった。

ジロリと見られる、視線のようなものを感じた。会社員時代を思い出した。座る場所ルール、間違っていたことに。電車はガラガラ。私は、お尻をずりずりとすり足ならぬ、すりお尻のごとく、六人掛け座席真ん中へと本来ある場所へと帰って行った。

そこでだ、私が正しいポジションに帰還した瞬間に窓際が騒がしくなった。窓にピタッと張り付いていた、「カナブン」が私と入れ替わりに、その女性のところへブーンと飛んで行った。

まるで、私が「行け!ちょっと自意識過剰な女性に、張り付いてしまえ」と命じたかのように、タイミングピタリだった。女性の周りをブンブン飛ぶカナブン。女性はたまらず、隣の車両へと移動していった。

残された、私とオジサンとカナブン。カナブンが元気にはしゃぐ。「お前も久々に電車に乗って、テンションあがってるのか?」と。もう一匹、ブンブン飛んでいる虫発見。カナブン多いな、と。だが、よく見るとそれは「デカめの蜂」だった。

オジサンと私、同じ車両には乗客が他にもいるがだいぶ離れている。パーソナルスペース10倍ぐらい離れている。とにかく、「カナブン」、「デカめの蜂」、オジサン、私。降りるわけにはいかない、打合せの時間は迫っている。時間ピタリの電車に乗ったから、次の電車でなんて余裕はない。だが、蜂に刺されている場合でもない。

隣の車両に移動するという選択肢、が最適!AIもそう答えてくれるだろう。だがしかし!あの隣の車両に移動していった「若い女性」は、私が移動して来たらどう思うだろう。パーソナルスペース侵入者が再び!とならないだろうか。

電車車両内ストーカー事案にならないだろうか。そうならないまでも、隣の車両にやってきたら、気味悪いかもしれない。ならば、ここで「デカめの蜂」を迎え撃つしかないのか。

そうだ、「あー蜂が、飛んでて怖ぁ」と言いながら隣の車両に移動するのはどうだろう!名案だ。でもどうかな。あの若い女性は、「カナブン」の存在は知っているけれど「デカめの蜂」のことは知らない。

「カナブン」を「デカめの蜂」と称して、隣の車両に追いかけてきた変なおじさんと思われないだろうか。そんな問答を脳内で繰り返している。デカめの蜂は、ブンブン飛び回る。カナブンの姿が見えない。おい、カナブン怖気づきやがった。

ブンブンと羽音が鳴り響く、恐ろしい。刺されて打合せに遅れるなんて笑えない。意を決して、隣の車両に移動しようと決めたそのとき、

オジサンがヒョイと蜂をハンカチでつまんで、窓からポイッと逃がした。特に得意げになることもなく。品のいい水色のチェックのハンカチだった。立ち上がりかけ、中腰の私は所在なく、もう一度座り直した。オジサンの方に目をやると、目が合った。オジサンとおじさんどうし。

「どうも」と目であいさつと御礼を伝えると、「いやいや」と目で挨拶返しをしてくれた。お互い何かをやり遂げた顔だったと思うが、私は何もやり遂げていない。そんな私に、「いや、君も同じ仲間さ!」ぐらいの眼差しで迎え入れくれたオジサン。同じパーティーの冒険者だ、とでも言ってくれたような気分だった。

ひとしきりオジサンとの目の挨拶シーンの妄想を終えた私は、打合せ前の緊張が溶けてなくなっていた。それにしても、カナブンはどこに行ったんや。

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