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「独立した理由ですか?朝、起きれなかったからです。」

知り合いの社長の息子が大学留年確定しましたぁ!とか言ってて、めちゃくちゃ懐かしさを感じた。自分も留年上等のゴミみたいな学生生活を過ごしていたからだ。

9時から始まる1限の講義はなるべく取らなかった。なぜか。そんな早い時間に起きられないからだ。

必須科目以外の単位はなるべく夜間学部の授業に出席して取得した。なぜか。その方が授業の難易度が下がり、単位がとりやすいからだ。

そんなこんなな学生生活だったので、留年をした、留年をしまくった。なぜか。どうしても朝起きれない、少しでも体調が悪いと学校に行かない。友人もいないのでそもそもが大学に行くことが苦痛だった。その結果、単位を落としまくった。要するに、自分はゴミ人間だったのだ。


就職をした後も苦労した。なにせ、朝が起きれないのだ。毎朝決まった時間に起きるという、ただそれだけで精神的な苦痛が半端ない。どうして世の中の人は決まった時間に起きることができるのか、どうして俺は朝決まった時間に起きるということだけでこんなにも精神がキツくなるのか、不思議でならなかった。

また、仕事上のよくわからないルールにも対応ができなかった。明らかに非効率なルール・会議などが多すぎる。それに非を唱えて改革をしようとしても、「なんだコイツ、余計なことをいいやがって」という目で見られる。(今ならば、組織というものは正しさよりも、統制の方がよっぽど大事な要素であるということが理解できているが、当時は正しさこそが正義だと本気で思っていた。)だから、最初に新卒で入社した会社は2年と3か月で鬱気味になってやめた。

次に入った会社はまだ組織としての体裁が整っていたので、働きやすさはあった。でも、朝決まった時間に起きるのはやっぱりどうしても無理だったし、組織というもの自体へのストレスが、花粉症のごとく自分の許容限界値を突破してしまい、その会社も結局2年でやめた。


2社をやめた後、悩みに悩みまくった。なにせ自分は「普通のことができない」のだ。普通の人が普通にやっていることが、自分には全くできない。どうして俺はここまで人として劣っているのだろうと悩んだ。

悩みに悩んだ結果、「できないことは、できないんだから、もうやらない」と決めた。つまり、サラリーマンを諦めたのだ。だから、独立をした。

独立後は好きな時間に起きて、好きな時間に仕事をした。仕事をすること自体は全く苦ではないのだ。ただ、決められた朝の時間に起きれないだけ。あとは、組織というものに属することが苦手なだけ。それ以外のことはできる。できないことはやらないし、できることはやる。それだけだ。

独立をしてあることに気が付いた。自分は「この世の全ての事象を数字に落とし込む。人間の感情でさえも数字化する。その数字を使ってあらゆる計算をする。」ということが、とても得意だったのだ。いや、とても、という言葉では表せないほど、超絶に、得意だったのだ。

それを活かして、買取再販、不動産投資、株式投資、物品転売などをした。儲かった。儲かりまくった。贅沢をしなければ働かなくても一生不自由なく暮らせるお金が手に入った。


そうして自分は気づいたのだ。

「この社会は、とにかくお金を稼いで、自分のことを自分で面倒見れる状態にすれば、少なくとも一人前の大人として認識される。」
「お金を稼ぐためには「普通のことが一通りできる」よりも、「人よりうまくできることが1つでもある」方が遥かに強い武器になる」

ということに。

朝起きれなくても、人と調和できなくても、たった一つだけビジネスに活かせる強い武器をもっていれば、普通の人よりも遥かにビジネスをうまくこなすことができるのだ。


昨今の世の中は、「新型うつ」「不登校児の増加」など、「弱い人」に対しての圧がとても強くなっている。そういった子達に、またはそういった子を抱える親御さん達に、「自分の弱さ」にフォーカスするのではなく、「自分の強み」にフォーカスするべきだ、ということを自分は主張したい。

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