にぶくてまるい、つよい、くつ

通勤途中に見た、赤い靴底のヒール。
靴の裏が赤い、黒いパンプス。
強い女の象徴なんて言われる、赤と黒のツートンカラー。
そのはずなのに、ヒールは低い。靴の色も、鈍くてまるい、黒。
誰かを踏みつけるような、誰かの上に立つためのような、細くて鋭利なツヤツヤの黒ヒールではなく、鈍くてまるい、靴。
エスカレーターで目の前に立つ女性はどんな人なのか、勝手に想像してしまう。
きっと彼女も、赤と黒のヒールを履きこなす女性に憧れて、このヒールを買ったのだ。検索窓に並ぶ「赤 黒 ヒール」「かわいい パンプス」「黒 底 赤」の文字たち。もしかしたら、SNSで流れてきた、運命の一足だったのかもしれない。彼女の手元の端末に、あの赤と黒の鈍くてまるい、やさしい黒と赤が、すとん、と流れてくる。きっと、「あ、かわいい」なんて、思って。
黒と赤の靴。にぶくてまるい、そんな靴を手に取った女性が、ここにいる。
赤くて黒い、強い女の象徴を選んだということが、彼女を一等かわいくする。愛おしい、人間。愛らしい、女性。

彼女も、あの靴に生かされている瞬間があるのだ。

――虎ノ門、ビジネスの街、黒い壁。駅。満員電車。
ぜんぶぜんぶ、あの赤い靴底の履きつぶされたヒールの、鈍い輝きに勝てない。つよくてかたくてつめたい東京。つよくてかたくてつめたい東京に、負けないで働く、強い女性の象徴が、何よりも、やさしい。
かわいいキミが、強い女性であるための、つよい東京に負けないための、エスカレーターでちらっと見えた、赤い靴底。

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