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芽生え【お話】

解き放とうとするその感情
解き放てないその感情
執着


屋上の欄干越し、視線を下に移して見えるのは、色とりどりのブロックを組み立てたかのような街並み。もっと視線を凝らすと、車と人が行き交う交差点が見えて、それがなんだか本当におもちゃの世界のようで、きっとタイムラプスで撮ればそれらしく見えるかも知れないと思いながら暫く眺めている。
屋上からの景色を眺めたくなる時がある。それは大抵何か考え事をしたりする場合で、空を見たり街並みを眺めているだけで解決策が浮かんだりする事が多いからなのだが、最近はそうもいかなくなった。答えがでないのだ。


「ねえ、人から執着を取ったら何が残るの」
「何って…何だろう」
友人から尋ねられた私はそう言って黙り込む。
‘’人から執着を取ったら一体何が残るのか‘’
今まで考えた事もなかった。
友人は何に執着しているのだろう。何に心をとらわれているのだろう。
「何か執着してることはないの?」
そう聞かれても困る。
「えっと…一つの事にとらわれることはないかな」
私は余り物事に執着しない。凝り固まってそれが頭を離れないというのが好きではないし、執着してる間に他に大切な何かを見落としていたなら、なんだか勿体ないような気がするからだ。

暫く沈黙した後、
「何に執着しているの」
そう友人に聞いてみた。
すると、友人はこちらに向き直り、真っ直ぐに私を見つめて、
「あなた」
と、言った。
「えっ」
一瞬、思考が止まる。
何を言っているのか、何の冗談かと思った。これまでそんな素振りも見せていなかったし、仮に見せていたとしても、私はそれに気づいていなかった。
お互いに視線を外せないまま時間が過ぎる。漸く視線を反らした私は、
「まさか」
そう言うのが精一杯だった。
少し間を置いてから、
「冗談よ」
と、友人は視線を反らしてそう言った。
それからどのようにして帰路についたのかは覚えていない。確か、駅で手を振って別れたはずだ。

友人と会ったのはそれが最後で、ある日行方も告げずに私の前から消えてしまった。そしてそれきり連絡も途絶えた。共通の友人に聞いてもわからないと言う。

屋上から景色を眺めたくなる時がある。
あれ以来、屋上に来ては会えなくなった友人の事を考えている。
「どうしているのかな」

一つの執着が芽生えようとしている。