美味しくないけど食べたくなる味

 都心にある本社で働いていたとき、会社近くの小さなラーメン屋へ足しげく通っていた。濃厚でもあっさりとした豚骨醤油のスープに、縮れた麺の組合は他店にない個性であった。午後に向けての栄養補給に、遅くまで残業する時の気合注入の時にお世話になったものだ。

 勤務先が今のところに変わり、そのラーメン屋からすっかり離れてしまった。時折、本社に行く用事はあっても、タイミングの都合もあり食べる機会がなかった。食べられないのは名残惜しかったが、そこまでの強い思い入れはなかったはずだった。

 ところが最近になって、無性にそのラーメンが食べたくなった。何となく、コロナ禍で閉店してしまうかもという危惧もあったからだ。久しぶりに本社に向かう用事があったので、その帰りにラーメン屋に立ち寄った。麺を口に入れると、あまり美味しくなかった。それでも、無性に食べたくなったあの味に違いなかった。

 このような、じっくり味わうと美味しくないけど、なぜか食べたくなる味は他もある。駅のホーム上で食べるくたくたの立ち食いそば、山頂で食べる原型を留めないほど潰れている菓子パンは、よく考えなくても美味しくない。それでも食べてる時は心地よく、また繰り返したいと思うのだ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?