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山行記録2ー皇海山クラシックルートー

1.はじめに

 緊急事態宣言の最中、私は登山ができない離脱症状に苛まれていた。3月初旬からずっと登山の自粛要請に従っていたが、4月上旬頃の爆発的な感染拡大期の頃には、もう数年は山にも登れないのかと絶望していた。5月になってコロナ禍が落ち着き始めて、宣言が解除する前提でどの山を登ろうかと地図を広げていた。関東近辺で登りがいのある山ということで、皇海山クラシックルートを歩こうと思った。

 とはいっても、皇海山は相当険しい。一人で無事に帰ってこれる自信はそれなりにはあったが、完璧という領域までは至ってなかった。そんな話を、大学の先輩にしたところ、6月下旬に一緒に登ろうということになった。さらに先輩の山友達、加えてその方が北アルプスで知り合った山仲間も一緒に登ろうという事になった。いずれの人も登山経験がそれなりに豊富で、頼もしかった。

 皇海山クラシックルートは1泊2日の行程で登るのが一般的だが(日帰りで登る猛者もいる!)、今回は2泊3日とした。余裕を持たせた理由は、悪天候で2日目に停滞する可能性があること、なにより20km歩いた翌日に仕事をしたくなかったからだ。

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当初計画のルート 赤:1日目、緑:2日目、青:3日目。 ただし1日目の一部区間と、3日目は雨で歩くのを取りやめた。

2.登山口から庚申山荘まで

 東武線とわたらせ渓谷鉄道を乗り継いで、10時30分頃に通洞駅に到着した。駅から登山口の銀山平まで、同行者の方の車で移動することになった。銀山平で登山届の提出と山小屋の料金支払いを済まして、歩き始めた。久しぶりの山登りであり、わくわくした。

 登山口から最初の1時間余り林道を歩くと、いよいよ本格的な山道になった。比較的ゆるやかな登りを淡々と歩いていく。森の奥のほうから、鳥のさえずりや虫の音が聞こえてきて、とても心地が良かった。登山口から2時間ほど歩くと、庚申山荘に到着した。

 庚申山荘はきれいで水も豊富で、室内はとても快適だった。計画では、翌日の下見を含めて庚申山お山巡りコースを歩く予定だったが、雨が降ってきたので取りやめた。平日ということもあり、この日に庚申山荘を利用した人は自分たちのグループだけで、周囲を気にすることなくのびのびと過ごせた。

 明日の行程は距離が20km、コースタイムが12時間ととても長く、夏至の時期でないと歩くのは難しい。そのため、翌日は3時半に起きて4時半に出発するべく、日没と同時に眠りにつくことにした。

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 庚申山荘。 無人の小屋としては、これ以上を求められない設備だった。

2.庚申山荘~庚申山~鋸山、険しい鋸十一峰

 起床時はまだ暗かったものの、出発時には明るくなっていた。天気も快晴ではないものの、雨の心配もなさそうで安心した。庚申山に向かって登り始める。岩壁の間をすり抜けたり、はしごを登ったりと、かなり険しい道を進んでいく。さらにその先の道はさらに険しいと思うと、こんな道でへばってられないと思った。

 出発から1時間ほど歩いて、庚申山頂に到着した。山頂そのものは木に囲まれていたが、少し歩くと眺めが良い場所があった。正面に鋸山と皇海山がずっしりと構えており、その奥に男体山などの日光連山が控えていた。そこから見えた皇海山、その重量感のある山容は紛うことなき名山であった。

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左のピークが鋸山、右が皇海山。 立派な山容である。

 庚申山から鋸山までのルートは鋸十一峰と称され、一般登山道ではなく相当な登山技術が必要になるとされる。ただし最初のほうは、たまに笹やぶがあることを除いて、なだらかで快適な尾根道であった。森の切れ間から皇海山が近づいているのが分かる。なかなか快適だなと思っていたら、薬師岳を過ぎると落差が10m以上あるような急崖を目の当たりにした。いやん。

 ここからの岩稜地帯は、常に緊張することを強いられた。とくに鎖場を下降する際に、足の踏み場がほとんど無いのには参った。しっかり鎖をつかんで、めいっぱい腕と脚を伸ばしながら、つま先の感覚で足場を探す。こうした動きを何度も繰り返した。さらに岩がもろくて、靴で蹴るだけで崩れたりすることもあって、勘弁してくれよとぼやいてしまった。それでも踏み留まって、コースタイムを大幅に超過しつつも鋸山に到着した。無事に踏破できたことに、ホッとした。

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薬師岳を通過した直後の鎖場。 険しさのあまり、緊張が止まらなかった。

3.皇海山と帰路まで

 鋸山でしばらく休憩して、皇海山まで往復する。先ほどの道までではないが、それなりに急な登り降りがあった。けだるくなるような急坂を登りきると青銅の剣が見えて、そのすぐ先に皇海山の山頂があった。まだ折り返し地点に過ぎないが、達成感でいっぱいであった。

 山頂で休憩していると、別の登山客がやってきた。銀山平より今朝から登ってた(かつ自分たちより遅い時間に出発した)とのことで、その健脚ぶりに驚いた。皇海山から下山する時に数人の登山者とすれ違ったが、いずれの方も日帰りで体力があるなと思った。その中にはそれなりに年を召した方もいて、その方ように健康でありつづけたいと思った。

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皇海山の山頂直前にある青銅の剣。 ここまでの行程がとても長かった。

 帰りは六林班峠ルートと呼ばれる、鋸十一峰をう回する道で下山することにした。しかし、この道がとても長くて退屈であった。延々と斜面をトラ―バースしており、また笹やぶが濃くて、時おり登山道が崩落している。めちゃめちゃ危険というわけではないが、もう一度この道を歩きたいとは思えない。

 庚申山荘を経由して、銀山平に到着したのは17時手前だった。すなわち、(かなり休憩もとったが)12時間歩いていたことになる。とても長くて険しい、とてもタフな山行であった。歩き終えて、銀山平の温泉旅館に投宿した。温泉が気持ちよくて、冷たいビールが旨い、この瞬間を待ちに待っていたのである。

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六林班峠~庚申山荘間の登山道。 単調なつまらない道だった。

 翌日は、強い雨が降っていた。疲れていたこともあって、当初予定していた備前楯山を登るのを取りやめて、旅館でのんびり過ごした。チェックアウトして、同行者の方のご厚意で宇都宮まで車に同乗して、そこで餃子を食べた。そして、帰路についた。

 久しぶりの登山は、人にも恵まれて、とても楽しかった。また、機会があれば山で出会えたらと思う。 

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宇都宮のみんみんにて。 あっという間に3人前を平らげた。

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