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書評:グレアム・T・アリソン『決定の本質』

キューバ危機分析に見る社会科学の研究アプローチ

今回ご紹介するのは、グレアム・T・アリソン『決定の本質』という著作。

本著は、1962年のキューバ危機を題材に、国際政治学において国家行為を分析するための「視座」と、その導き出す結果の多様性を示した著作である。分析対象はキューバ危機であるが、その分析結果以上に社会科学において特定の事象を分析する際の典型的な意思決定モデルの扱いが本題と言えよう。

まず、国際政治上の国家行為の分析視座として、以下の3つが代表的なモデルとして提示される。

①合理的行為者モデル
国家があたかも合理的な個人同様、目的に対し最も合目的的に行為・選択するという考え方。
②組織過程モデル
国家の行為を、関わる各組織のルーティン化されたプロセスと捉える考え方。
③政府内政治モデル
国家の行為を、関わるプレイヤー間の対立や取引等の関係と捉える考え方。

「合理的行為者モデル」による説明は、個人の合理的な意識決定を基礎に置くため、その説明も合理的で説得力のあるものとなる。特に「何故そのように行動したか」という原因・理由についての説得力は強力だ。しかし、国家行為が様々な個人・組織の集合と関連から成り立つことを考えると、その説明には埋めなければならない要素があることが浮かび上がってくる。

ここに対し、国家の選択結果としての行為ではなく、選択に至る過程(プロセス)に注目したのが「組織過程モデル」および「政府内政治モデル」である。これらのモデルの適用において必要となる情報量は桁違いのものとなるも、意思決定の「過程」を示すこれら情報は、「合理的行為者モデル」の説明を時に補完し、時にその矛盾を突くことになる。

こうした事態は、同じ事象に対するモデルの「問い」そのものが異なることを意味すると言える。

「合理的行為者モデル」が「何故」への説明を試みるのに対し、「組織過程モデル」と「政府内政治モデル」は「どのように」への説明を試みると整理できるだろう。「視座」の相違が「問い」の相違を生み、それにより注目すべき事実・情報が相違し、異なる分析結果が導出されることとなるのだ。

「問い」が異なる以上、事象の分析・説明においてこれらモデルは相互補完的であり、またそう用いられるべきである。どのモデルも事象を完全に説明し尽くすことはできないものと考えなければならない。それどころか、そもそもこの3つが「視座」の全てだという保証はどこにもないのである。

本著は3つの「視座」を用い、社会科学では分析モデルの有効性が限定的であること、およびモデルの活用は相補的であるべきことを示した点において、至極の価値を誇っていると見るべきである。

一般に社会科学には、単独の理路整然としたモデルはたとえそれが現実の分析から帰納されたものであろうと、現実を説明する段(特に帰納元の現実とは異なる他事象への流用)においては暴論となり得るものであるという逆説があるものだ。更には、社会科学の対象とする事象は複数の個人、組織、それらの統合としての上位組織(例えば国家)、更には対外者が絡み合うものであり、事象そのものが複雑極まりない。

しかしこのことは、社会科学における分析モデルの構築・活用が不要・無益なものであることを些かも示すものではない。モデルを1つの基準として事象を測り、モデルと事象の差異を特定することがそのまま事象の特徴を浮き彫りにする作業となるからだ。こうした研究アプローチは社会科学の世界で長く営まれてきたのである。

本著は、このように社会科学のメタ次元を照射したものと見るべきである。


以上が本著の中心的な論旨であるが、本著にはそれ以外にも価値ある記述が散りばめられている。

■キューバ危機の事実説明
まず、これほどの世界的危機があったことを私を含むキューバ危機以降の世代は知るべきであろう。恐ろしい緊迫感が、当時その危機を乗り越えた政府高官の証言や資料によって示されている。アリソンが収集した情報量は半端ではない。

※余談だが、同種の見所を持つものに、『13 Days』という映画が面白い。

■外交戦略は軍事戦略と表裏というリアリズム
好む好まざるに関わらず、外交は軍事と切っても切れないという現実があります。我々日本人は特にこのことを、少なくとも諸外国ではそうであることを知らねばならないだろう。

主権国家間の関係は一定程度パワーポリティクスに左右されるのが現実だ。理論に終始しない本著は、この現実を読者に突きつけてくれる。


本著は、「アリソンモデル」という言葉が生まれるほど、国際政治を紐解く上での有用な概念・フレームワークを提供するもの。国際政治学を学ぶにあたっては必読と言われる所以だ。

読了難易度:★★★★☆
社会科学的アプローチ満載度:★★★★★
キューバ危機事実認識有用度:★★★★☆
トータルオススメ度:★★★☆☆ (本格的な学習向け)

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