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第111話.全身是居住性

1983年

大阪支店の要請による、関西地域のプリモ店大会でのスピーチを無事に終え、東京に戻って、関西での「ボンバン」への期待の高さを研究所役員室に報告。「やるか」との気運が高まる。先行検討チームもその気になった。
が、そこに立ちはだかったのが開発工数という壁である。「これ以上できません」という所長室の悲鳴が聞こえてきた。
この頃、英国ローバー社と進めている共同開発車「ホンダレジェンド」の工数は、当初の予想を遥かに超えていたし、アメリカから新機種への強い要望が加わり、新たな機種の入る隙間がない状態であることの察しはついている。が、先行検討チームは、こんなことで引っ込むような連中ではない。
そこで私をはじめチームが考えたのは、コンセプトを早く一つに絞ること、クレーモデルは1/5スケールで進めること、灯火類や小物部品は「有りもの」を徹底して使うこと、新規に設計するものは、「二つを一つ」にするくらい図面を減らすことなど、これらを条件にやれるところまでやってみようと。
とりあえず、私が先頭に立ってやることにし、外観デザインを進める工数として、わずか入社早々の新人を3人、教育のつもりで預かった。さてコンセプトとデザインの方向は、先行検討で居住性重視型とスタイル重視型の2案進めていた、
が、我々にとっても「10年ぶりの復活」であるのと、お店の人の言う「ホンダだから、きっと」との、双方を考え合わせ、議論の末、インパクトのある個性的なスタイルの「低全高1BOXタイプ」に絞り込んだ。我が意を得たり、と言うところであった。
とは言うものの、この頃はまだ正式なチームもできておらず、「一口言葉(キャッチフレーズ)」も自分で考えるしかない。あれこれ悩んだあげく、誰にでもすぐイメージが描けるようにと、「全身是居住性」と漢文調のものにし、筆で書いて壁に貼った。たちまち評判に。
スケッチはコンセプト通りにでき上がったものの、新人たちは1/5クレーモデルに手こずっていた。通りすがりに面白がって眺めていたベテランも、たまりかねて「残業の時間だけでも」と、ボランティアを名乗り出てくれるようになる。
トントン拍子に仕事が捗った。何しろ1/5モデルは、体積でなら5の3乗分の1(1/125)だから、その分、工数も少なくてすむだろうと思っていたが、どっこい、そうもいかないことも分かった。一気に人が掛けられないからだ。
何事も経験である。

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