見出し画像

第213話.3の矢

1997年

初めてのインド出張を無事に終え、帰りは、ニューデリーから成田への直行便である。ホテルで、大枚はたいて手に入れた「胎臓界曼荼羅」は、後生大事に機内に持ち込んだ。家内への言い訳を考えねばならない。
大仕事の後はいつもなら機内で、シャンペンを頼みシャンシャンというところだが、今回はそうも行かない。乗務員には酒も食事も断り、早速、本田技研社長に報告書を書く。これも要約する。
今回の難しさは、大きく言って2つ。1つには、インドという急激かつ混沌と変化するマーケットが相手であること、2つには、CBU(完成車輸出)での市場経験もない状態で、工場の設立と投入機種の決定をしたことである。
従ってこの2年間で、インドという国と、そこに住む人たちの生活や心情の変わったところ変わらないところを知り尽くした上で、今一度、現実を見つめ直す必要がある。
全体市場は予測通り伸びているが、参入予定のプレミアム(格付けされた)市場は予測を下廻っている。各社のオーバーブッキング(過剰予約)の状態は実需に近づき、プレミアム(注文)商売からインセンティブ(値引き)商売へと一気に変化した。
他車出現ではフィアット・ウノ、プジョー・309、フォード・エスコート、オペル・アストラの上市等により、ズズキはあわててエスティームに上級ヴァージョンを入れる等、プレミアム市場は混戦状態。明暗(明=アストラ 暗=シエロ)がはっきりしてきている。
他社の動きも、トヨタは’99年でキジャン(60万ルピー位)の投入を決め、その後の投入車にミラからカローラまでを幅広く検討中。三菱ランサーも近々、現代も大宇を追っかける形で投入計画が目白押し。こうした中、オートローンのメーカーファイナンス導入で、市場経済への急激な変化は更に進む。
が、変わらないこともある。我々が参入する(シティであれシビックであれ)マーケットのユーザーはほんの一握り(10億の2%の更にその1/10)であり、その人達の価値観はそんなに動いていないということだ。
知っておくべきは、インドは広くて多民族とは言うものの、一握りの知的富裕層の彼らは、常にインド中を動き廻り、多くは西欧文明を経験(最近は特にアメリカ)し、互いに情報を共有しているという現実。
ホンダに対するブランド意識も、そうした中から、「先進、品質、スポーティ」という高い位置で定まってきている。このチャンスを逃がしてはならない。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?