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千字薬 第8話.木製簡易定盤

1965年

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造形室の片隅にエンジンルームのパッケージモデルが置かれ、内部にバイクのエンジンらしきものが入っている。程なく私は、その車の外観デザイン担当に、と言っても上司1人と私だけ、内装担当もたった2人の侘しいチーム編成。
この頃の軽乗用車はサイズや排気量こそ決められていたが、エンジンの置き方は、FFあり、FRあり、RRありで、ボディ構造もモノコックやフレーム付と百花繚乱。「うちはどうするんだろうな」と興味津々。そのうち上司が、「横置きFFで、オースチン・ミニみたいなんだ」と。


軽自動車の排気量とサイズには面白い話がある。通産省が国民車構想の検討の中で排気量について話し合った際、若いお役人の発案で、日本人の平均的晩酌の量「2合(360cc)」と決めたらしい。サイズは、サイドカーの縦横寸法からきていると聞く。もともとはバイク発なのだ。
私は、オースチン・ミニに関する本を片っぱしから読み漁り、ミニの絵も数えられないくらい描いた。1/5のサイドビュースケッチを数枚描いたところで、「粘土モデルをつくろう」と言うことに。部屋に1台だけの固定の定盤には、すでに先客の大きい車が乗っていた。
「あれを、どかすんですか」と上司に訊ねると「あれは、あのままだ」と。「じゃ、これは何処で」と聞くと、「ここで」とコンクリートの床を指差し、「なんとか考えてよ」と。いろいろと思案の果て、木の定盤をつくろうと思い立つ。
木は堅い「欅(けやき)」に。100×100ミリの精度の高い角材を、長さ3200ミリのもの2本、1300ミリのもの2本用意。これを組み合わせると、内寸が1300×3000ミリの木枠ができる。ここからはみ出さなければ、軽自動車の「枠」におさまる。やり方は、角材の上面に三角定規を立て直角の部分を木枠の内面に合わせ、そこからはみ出したら削るという具合に。
同時に、粘土をつけるモデルベース(スケルトン)を製作。タイヤのついたシャフトの上に2本の角材を乗せ、その上に木箱を置き、さらにその表面に簀の子(すのこ)を張るという原始的なもの。これらをほとんど1人で図面を描き、手配をし、組み立てた。
木枠が出来上がり、コンクリートの上にレベリングを終えた頃には、すっかり一人前になったような気分。が、それにしても、モデルをつくる道具もろくにない会社が、どうして、月に「1万台」も売れる車をつくれるのだろうかと、不思議ではあった。


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