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第109話.エンジンは何処に

1983年

軽の復活をかけて、先行検討が進められていた。出来上がったイメージモックアップモデル(先行確認用実物大模型)を前にして、エンジン設計の主席研究員Sさんが、「おい、この車、エンジンはどこに入っているんだい」と。
「しめた」と思った。エンジンの名人が、エンジンがどこにあるか判らないのなら、このモデルは、「革新的レイアウト」だと言ってよい。「ここに入っています」と、前方のボンネットを開けた。
確かに、1BOX風スタイルのボンネットの中には、本物のエンジンが入っていた。エンジン付きモックアップモデルなど、これまでにない。トップを驚かすための私の演出であった。
軽自動車「ホンダライフ」の生産を中止してから、すでに10年経っている。トラックとバンはずっと続けてきたが、軽乗用車に対する市場からの復活要望は相変わらず強かった。
ライフの生産を止め、シビックに切り替えてきた背景の一つに採算の悪さがある。この課題が解決できないかぎり、軽乗用車の復活はない。が、このところ「ボンバン」と称し、商用の税制恩典をうまく使った、実際は乗用ユースとして使われている低価格のバンタイプが、女性ユーザーを惹きつけていた。
この辺に、採算性の課題を克服するヒントがあるのかもと、密かに検討を進めていた。その検討の中で、「2代目プレリュード」と「初代シティー」で試みた「MMコンセプト(機械部分の極小化)」技術が、サイズに制限のあるこの手の小さな車に最も有効であろうと考えたわけだ。
同時に、手持ちの「ホンダアクティ」のエンジン(水冷2気筒360cc)を使って、何か、新しいことが出来ないかと、エンジンとボディーの設計スタッフが、一丸となって知恵を絞ってくれる。
その結果、シリンダーとミッションが平らに寝そべっているアクティのエンジンを、クランクシャフトを軸に、腰から折り畳むように構造変更することにより、前後も高さも、コンパクトにできる見通しがついた。
このエンジンをフロントに置いて、どんなキャビンをつくろうかと検討を進める中で、2つの案が出る。一つは、パッケージ担当から出た全高の高い居住性優先型のボンネットタイプ、もう一つは、外観デザイン担当から出た低全高のスタイル重視型の1BOXタイプであった。
双方ともに、そのころ市場に出ている競合に比べ、もちろん、遥かに優れたものを持っている。さて、どちらに絞るかと議論が沸騰していた。

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