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第194話.捨ててこそ

1994年

突然の、しかも極端とも言える円高の来襲に、3代目「ホンダレジェンド」の企画作業が翻弄されていた。本田技研商品担当役員としては、「フラッグシップ」を無くしてしまっては、会社の活力が無くなる」「3代目でのれんを無くす」となると、との危機感があった。
こんなことになれば、先代、先々代をつくった方々に顔向けができない」との思いが先に来る。苦しい時期ではあるが、何とか、1ドルが80円でも輸出できる高級車は出来ないものかと悶々の日々。
いっそのこと、これまで研究を進めてきた新しい機構やデバイスの投入は、全てやめてしまったらどうかと思い始めた。それによって確かに、開発工数や新規投資が軽減され心配のコスト負担も少なくて済む。
ただしこれだと、サイズが大きいこと以外に、この車のもつ魅力価値が全く無くなってしまう。が、そんなことを未練がましく思っても何も生まれない、などと自問自答の挙げ句、思い切って、すべてを捨てて、何はさておき、まず「素」になってから始めようと覚悟をした。
何か切り口を見いだせないと前には進めない。さんざん悩んだ末、「CST(TQM-トータル・クォリティ、マネジメントの略-で開発した商品開発システム)」で学んだ「どんなお客さんを、相手にすべきか」を徹底的に探り、絞り込むしかないと考えた。
その後の、必死になっての調査と議論の結果、3代目レジェンドのお客さんは、西海岸に住む知的なヤングエグゼクティブがターゲットユーザーとしてもっとも相応しい、といところに意見は収斂して行った。
そして、まさに、そういう人達が大勢住んでいるという「オレンジ・カウンティ」というロスアンゼルスの南に位置する町を見つけだした。チームは、とうとう「お客さん」に辿り着いたのである。
この地域はクローズドエリアになっていて、一定のレベル以上の社会的地位のある人しか住んでいない。ディーラーさんを廻ってみると、初代レジェンドから2代目に乗り換え、不満を感じているお客さんがかなりの数いるようだ。 
こうした人たちに、レジェンドに誇りを持って乗っていただくには、最先端の技術を派手に投入するより、むしろ車の質を上げ、感性の高い車に仕立てることの方が喜んでもらえるのではと、チームの連中は考え始めていた。
捨てることによって、本当に大事なものが見えてきた。開き直ってこそ出来る「捨ててこそ」である。

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