第93話.「矛盾」との戦い
1980年
FF(前輪駆動)レイアウトで100ミリ低いボンネットが実現すると、「スーパーカーのシルエットとアコードの実用性」が同時に手に入る。こんなうまい話はない。が、相容れない二つのものを一つにする、まさしくこれは、「矛盾」との戦いとも言えた。
「すぐに、チームの連中を呼べ」と言うことになる。みんなが集まったところで研究所社長は、まずエンジン屋に向かって、「おい、エンジン高さを100ミリ下げないと、会社潰れるってさ」といきなり。もちろん、エンジンの担当は吃驚仰天。が、一見無茶とも言える投げかけに、さすが歴代の社長を輩出しているエンジン屋、「解りました」と言って仕事場に戻った。そのとき集められたエンジン以外の艤装、ボディー、足まわりの設計担当は、誰一人、そんなことが出来るはずがないと思っていた。が、数日経って、エンジン設計担当者から、なんと、100ミリ下げることが出来たと聞かされた。
説明を聞いて、少々乱暴なやり口だとは思ったが、とにかくエンジンは下げられそうだ。エンジン以外の連中にとって、他人事のように思っていたことが、急に自分たちの身に降りかかってきたのだ。ボンネットを低くすると、エンジンだけでなくサスペンションが飛び出し、その上、エアコンなどの装置の置き場が無くなってしまう。さらに、インストルメントパネルも下にさがって、足の入れ場が無くなる。みんな青くなって持ち場に帰って行った。
この日から、デザイナーとエンジニアとの激しいやりとりが始まる。こうした中から、これまでにない全く新しい発想がいくつも生まれ、ついにボンネットを、目標の100ミリ近くまで下げることができた。
エンジンを後ろに傾けたり、吸気系に新しいレイアウトを取り入れたり、超小型のエアコンを新規に開発したりと。また、F-1に使っていた特殊なダブルウィッシュボーンサスペンションを採用するなど、いずれも、この頃このクラスでは考えられない思い切った方法であった。
「無理を通せば道理が引っ込む」という喩えがある。が、どうしてもやりたいことがあれば、今まで営々と積み重ねてきた理論も一瞬にして壊れる。理論とはそんなものだ。今回の教訓である。
本田さんは、科学技術を信じる合理的で現実的な人であった。それでいて「やってみもせんで、何が分かる」と、出来そうにもないことを率先してやる人。しかもつねに夢に向かって、矛盾や不可能命題と闘っていた。
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