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第101話.グリルレスグリル

1981年

「差より違い」、という企業指針が打ち出される。3代目「ホンダシビック」のデザインが最終段階に入ろうとしていた。「違い」も「差」も、それぞれに難しい言葉。いずれもその「基準」をどこ置くかが鍵となる。いろいろと考えたが「企業指針」である以上、基準となるのはやはり「メジャーな企業」。ならば当然、日本ではT社でありアメリカではGM社となる。それらに対して、どのくらいの「違い」と「差」を付けられるのか
悔しいが客観的に見て、自分の立ち位置を、他の存在を基準に決めざるを得ない状況である。その上で、彼ら(基準)とどのくらい違えるか、その「間の取り方」を誤ると「間違い」となる。また力の勝るものに差を付けるには、よほど狙いを定めた「ピンポイント」攻撃しかない。しかも、歴然とした差が要求される。
さらに大事なことは、これらの「違い」や「差」が、お客さんの心を打つものでないと独りよがりになる。幸い、開き直ってつくった2代目プリュードは、世界のマーケットで好評を得て新しいポジションを築きつつあり、それがみんなの大きな自信となっていた。自信も武器の一つに違いない。
そんなことを考えながら、デザイン作業を進めているところへ本田技研社長が見えた。「やっているねえ」と、いつもながらに労っていただく。が、ぐるりっとシビックシリーズのデザインを見渡し、「あんまり違ってないね」と一言。「これでも、まだ違っていませんか」とむきになって聞き返すと、「一度、有るものが無くなるとか、縦が横になるとか、全く違うことをやってみたらどうかね」と切り返された。
「いくらやっていても、そう見えなきゃ、ね」と言われているようなものだ。「そうか、大見得を切ることも必要なんだ」と。チームの連中に「グリル無し」を投げかけたところ、「エンジンルームは、すでに長さも高さも思いっきり詰めて極端に小さくなっている。それでなくても、冷却が大変」と大反発。話し合っていても埒が開かないので、「とにかく、一度モデルをつくってみよう」と。
出来上がったモデルをチーム全員で眺めて見て、誰もが同様に「新しい」と感じてくれた。「よし」と言うことで、エンジンルームに関わるあらゆるセクションのメンバーが、ただちに「グリルレスグリル」の実現に向けて行動を開始。効率の良い風の採り入れ方、上手な風の通し方、熱の対処法、こんなに出るものかと思うくらいアイデアが出てきた。

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