第134話. 金縛り
1987年
デザイン室に来られた本田さんが、「あの車どう?」と切り出された。状況からみて、「ホンダプレリュード」の対抗馬としてN社から出たスポーティカーだと察しがついた。私も気になってはいたが、そう思いたくない気持ちが強く働いていた。
そこで、「思い切ったところがないので、心配はないと思います」とつい口にしてしまった。本田さんは「そうは思わんがね。あの車には何だか知らんがムードがある」と私を睨む。
果たして、何カ月か後には若者の人気がその車に集まり、プレリュードはあっという間に追い越された。以来私は、「ムード」という言葉にとり憑かれる。「ムード」は目に見えない。感じるものだ。私の場合、頭が(我執)が勝ちすぎ感じなくなっていた。
以前、ムードのあるものはファッションをつくる、ファッションのあるものはスタイルをつくる、スタイルのあるものはモードをつくる、そのようなことを本で読んだ。確かに、何かを感じるもの(ムード)は流行(ファッション)し、誰もが真似をして一世を風靡(スタイル)し、それが定着(モード)したところで次の新しいものが出る。
芸能界の新人を見ても、売れそうなのとそうでないのは大体分かる。決して、姿、形だけではない「何か」を感じてのことである。さしずめそれが「雰囲気」とか「オーラ」なのだろうか。どうしたらそれがつくれるのかを探れば、売れる商品を生むためのヒントが掴めるのかも。
「心身一如」という言葉がある。「身体」は見えるが「心」は見えない。心と身体を一つにするには、まず、見えない「心」をデザインすることになる。車なら「ボディ(車体)」と「ハート(エンジン)」。そう言えば、「ハートのある車をつくろうよ」と強がっていたこともあった。
「気」の道場の先生から、人間の全エネルギーの6割は頭が使う。残った4割で首から下が働いている、との話を聞いた。人は「大変だ」と思った瞬間、首から下の4割のエネルギーが一斉に「頭」の方へ駆けつける。頭に全てのエネルギーが集まった状態を「金縛り」と言う。いわゆる、「身体」が動かなくなること、「五感」が全く働かなくなることだ。
ムードが感じられなかったのは、こういうことだったかと思い知った。「五感」で感じたものが「心」に伝わり、「発意」が生まれる。瞬時に身体が動く。こうしたことの回数が多いほど、ムードが感じられオーラが強くなるような気が、このところ夙にしている。
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