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第110話.早くボンバンを

1983年

関西地域のプリモ店大会が、大阪支店の主催で行われることになり、そこでのスピーチを依頼された。営業本部長直々のお名指しらしい。スピーチの内容を考えるに当り、なぜ私なのかを聞いてみた。
その主旨は、今回プリモ店の強い要望で投入することになったシビック4ドアセダンが、すでに売っているベルノ店のバラードに比べ、「格好が悪い」と販売店から突き上げられていて、それを「何とかおさめて欲しい」とのこと。
シビック4ドアセダンは、2代目シビック5ドアハッチバックに、トランクをポンと付け足しただけのモデル。だから、自分でもそう思っている手前、「そうでない」とも、だからと言って「その通り」とも言えない。困ったことになったと思ったものの、ままよと、自然体で臨むことにした。
話の中身は、ご当人には例えに出すことをお許しいただくとして、「百恵ちゃんは、美人でセンスが良くて、デートには良いかもしれない。が、かみさんにするには、森昌子のように、親しみがあって、丈夫で長持ちの方が良いのではないか」と言うようなことであった。
これが受けて、会場は和んだ。その後の質疑で「ともかく、お前さんの言いたいことは解ったよ」と言ってもらう。しかし、納得してもらった訳でないことは、重々わかっていた。
その夜、大阪南の繁華街での打ち上げパーティーで、たちまちみんなに取り囲まれた。こいつは話せる奴だとばっかりに、どのテーブルにおじゃましても、「是非、早くボンバンを」とのラブコール。シビック4ドアセダンの話など、どっかにすっ飛んでしまったようだ。
そのうちに酔うほどに、「うんと言わないと、帰さない」になってしまった。こんなことで来たのではないのに、と思ったものの悪い気は全然しない。
よそがうまいことやっているのが、よっぽど悔しいらしい。「どんなのが、いいんですか」と聞くと、誰もが「ホンダだからねえ」と。期待が大きく、しかも信じてもらっていると言うことは、なんとも嬉しいものである。
支店のM部長には、帰りがけにこっそり、「期待していて下さい」と告げて帰路につく。2案あるモデルをどちらに絞るか、私の考えはこの時すでに固まっていた。
ものをつくろうとするエネルギーは、どこから湧いてくるのだろうか。今回のように、人に出逢って、その会話や雰囲気に触発されて、むらむらっと湧いて出る場合もあるようだ。帰りの新幹線では、いくら飲んでも、冴え冴えとしていた。

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