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千字薬 第6話.200ccの見せ方

1965年

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「ホンダS600」の排気量をアップして800ccに。いわゆる、MMC(マイナーモデルチェンジ)の仕事が入社早々の私に巡ってきた。MMCとはいえ待望の4輪の仕事である。大いに胸が高鳴った。


今回は排気量アップだけでなく、駆動方法も変わるうえサスペンションにも変更が及ぶ。が、設計部門からは、「コストを抑えたいから、くれぐれも外板(鉄板)はいじってくれるな」ときつく釘を刺されていた。
強力なエンジンが載るのだから、付き物(艤装部品)だけで見え方を変えるとなると、ラジエーターグリルを一新するのが効果的。が、デザイナーとしては、ボディも変えてみたいという気持が少なからずあった。設計部門からの要望もあるしと悩んでところへ本田さんが見えた。


モデルを見るなり、「何馬力になった?」と聞かれる。答えられずもぞもぞしていると、「そんなことも分からんでやっているのか!」と一喝。上司が「70馬力で、13馬力アップです」と助けてくれた。本田さんは、「ボンネットに、何か特徴が要るねぇ」と言って私を睨んだ。


設計部門からは、「外板はいじるな」と強く言われている。「あのぅ…」と言いかけたら上司に抑えられた。「やってみます」と上司。4連キャブの真上あたりに、いかにも意味ありげな出っ張りを付けることにした。私は小躍りしたが、設計の担当からは意味のない変更だと散々にやられた。

こうして出来たのが通称「Sハチ(ホンダS800)」の特徴となったボンネットの「バルジ(出っ張り)」である。これが、私にとって初めてのボディデザインとなり、上司には感謝感激。やっと、自動車デザインをしている気分になることができた。それにしても、馬力も知らないでと反省しきり。
人間にも個性や特徴が大事であるように、商品にも「他との違いや差」が必要である。それが、商品を手にする人の満足や喜びに繋がるということを、この仕事を通じて学ぶことができた。デザインには中身を表わす役目があると。

確かに、200ccは13馬力の価値をつくったが、バルジは、「ホンダS600」に対する「差」と、他社車に対する「違い」を目に見えるようにしたのである。
宣伝部門のつくったカタログ写真の主役は、新しくデザインしたフロントグリルでも前後のランプ類でもなく、ボンネットのバルジであった。モーター誌の表紙にも登場し、たちまちバルジは、「Sハチ」の「顔」になり「誇り」になった。

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