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第188話 隣の花は赤い

1994年

ヘッドランプ周りのデザイン変更要望については、我々も充分承知していた。が、アメリカでは、「丸目」は先進的で格好いいと若者たちに好評で、しかも販売チャンネル政策上、ホンダチャンネルとの差別化が出来ていて、アメホン(アメリカンホンダ)は丸目のままで良いと考えている。
日本では、営業政策上「3チャンネル個性明確化」とは言っているものの、売れないことにはどうしようもない。「隣の花は赤い」で、評判の良いシビックに摺り寄りたくなるのも判る。
1000台そこそこしか売れない車のためだけに、この時期、10億円もの投資をするわけにいかない。日本の営業の言い分もわかるが相当無理があり、やりたいがやれないと言い続けてきた。 
しかし、最前線のお店の社長さんが自らデザインをし、「こうしてくれ」と言うからには現場は相当困っているはず。変更したからと言って、たちまち売れるようになるとも思えないが、要望が通ったことで販売の現場に元気が出るならと、日本の営業本部長ともども腹を括った。
予想通り、開発や生産の部隊から猛反対の声が。工数やコストが収まらないと言うのである。それでも強引に進めたのだが、ヘッドランプを横長の変形ランプにすると、インテグラとしての特徴が薄まり、ありきたりの車になってしまって、こんなものに金をかける価値はないと、反対の声はおさまらない。
悩んだ末、コストは少々高くなるが、最新の技術である「超薄型3連ヘッドランプ」の採用に踏み切った。が、それでも、インパクトの不足は誰の目にも明らかで、「手間をかけて特徴をなくすとは」と言って、デザインの連中は釈然とはしない。
そんな時、VTECエンジンをレーサー並にチューニングして、「NS-X」で好評の「タイプR」をつくろう、とのアイデアが開発部隊から提案された。どう考えても量産向きではない。が、その内容を聞いて、私は二つ返事でそれに乗った。
話を持ち込んだSさん、「断られるだろうと思っていたから」と嬉しそうに。インテグラはタイプRの投入で息を吹き返し、これに引きずられてセダンもクーペも売れ出した。開発部隊は、「まるめちゃん」を失ったが「タイプR」を得た。
発売直後、大学時代の友人から電話があった。「新聞広告を見て、すぐ販売店に行ったけど、タイプRは売り切れだった。何とかならんか」と。50を過ぎた男の胸を熱くしたと思うと、内心、震えがくるほど嬉しかった。

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