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第124話. 鉄仮面

1984年

「ホンダレジェンド」の、はじめてのマイナーモデルチェンジのデザイン作業が完了した。より多くのお客さんに喜んでもらおうと、高級感の向上をテーマに進めてきた。が、特に力を入れたフロントグリルのデザインについて、残念ながら本田さんには満足してもらえず、「門構えとしての貫禄がない」と一笑に付されたのである。
ところが逆に、若いデザイナーや営業担当者の眼には、いくらなんでもこの豪華さはやり過ぎ、という風に映ったようだ。まるでグリルのお化けのようだと言うので、誰言うともなく「鉄仮面」と呼ばれるようになった。
今回のフロント廻りのデザインは、初代のような独立したグリルではなく、ヘッドランプも一緒にメッキモールでくるみ、フロントグリルを車幅一杯に見えるようにとのアイデアで展開された。グリルはダイカスト製でボンネットの幅一杯の巨大なものとなり、ダイカストの金型メーカーを驚かせるほどに。
デザイン室の評判もまるでさっぱり。若いデザイナーの感覚では、ぎらぎらしたメッキの多用はいかにもやり過ぎで見るからに気恥ずかしいと言う。「鉄仮面」と呼ばれたのは、愛称というよりむしろ、からかってのことだった。
私も含めて若いデザイナーにとっては、「大きく見えるから立派」とか、「光ものが沢山付いているから豪華という考え方は、ダサくて品のないものと決め付けていた。が、大きなものや光り輝くものに惹かれるのは、歴史が示すように人間本来の感情である。これを乗り越えてこそ「桂離宮」の簡素な優美さであろうか。
ぎらぎらのメッキモールが、やり過ぎで「ダサイ」と否定されるべきことではない。人の好みの違いである。デザイナーが自分のセンスに自信を持ち、それに従って優れていると思うデザインづくりに励むのは当然のこと、その上で、「ぎらぎらのメッキ」をテーマに、思いっきり格好よくつくれば良い。
自分の感覚(了見)だけでは幅広い好みのお客さんに応えられない。「桂離宮」が好きな人も、「陽明門」に魅せられる人も大事なお客さんである。プロのデザイナーであるなら、双方が感動してくれるものをつくってみたい。
そう思う気持ちをよそに、残念ながらこの「鉄仮面」デザインはアメリカでは採用されず、日本市場の専用モデルとなった。高級を極めるための道は遠い。
が、市場に出た「鉄仮面」は、クラウンやセドリックと比較すればはるかに「シック」であった。

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