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第24話. イメージの共有

1968年

不意に本田さんが見えて、「車の顔はな、へらへら笑っているようなのとか、めそめそ泣いているようなのは駄目だ。鷹が獲物を狙っているような鋭い目つきの、きりっとした顔がいい」と。「ホンダH1300クーペ」のフロントデザインに特徴が出せず悩んでいるところであった。

クーペはセダンタイプより、当然スポーティなイメージでありたい。本田さんの一言が神のお告げのように思え、急いで本屋に野鳥図鑑を買い行き、鋭い目や嘴(くちばし)をもった「鷹の顔」を何枚も何枚も模写した。立体的な顔立ちに加え、鋭い目をつくるにはやはり「丸目」が良いと考えた。
精悍さを出そうと、ヘッドライトの高さ規制を守りながら前端部を下げるために、思い切ってこのクラスでは不相応な小径の丸ライトを片側2個、左右で4個並べる方法を採択する。この「四つ目」が思いのほか功を奏し、精悍でユニークな顔立ちを生んだ。 
が、いざ金型を設計する段になって、こんな深絞りはどだい無理だという話になった。折角デザインがまとまったのにと途方に暮れているところへ、「よお、鷹の顔が出来たじゃないか」と本田さんがニコニコ顔で。「そうだ、鷹の顔だ」と思い、その後、誰かれなしに「鷹の顔、鷹の顔」と触れ回った。そのうち金型の設計担当も聞きつけてきて、「そう言われれば鷹の顔だ、なんとかしてみるか」と。

金型設計との間で、「大きさ」や「深さ」という数字の情報だけでは、箸にも棒にも掛からなかったものが、「鷹の顔」というイメージを共有することで話の糸口ができ、さらにモノを見ることで「そうか、やろう」と言うことに。
金型設計の段階に進んだ後にも、難関が待ち受けていた。左右別々に分かれたグリルモールのボディとの合わせ面が、三次元曲線で出来ているところから「合わせ」がうまくいかず、現合(現物合わせ)作業に明け暮れた。
また、4つのヘッドランプの位置が、前後左右上下と立体的に設定されていたところから、これを囲むグリルモールとの位置が思うように定まらず、どこかが一寸でも狂うと「鷹の目」ならぬ「泣きべその目」になって、自分の方が泣きたいくらいだった。
コンピューターを使って、変形ランプとボディの一発合わせが当たり前の今では、想像もつかない苦労の連続だったが、「鷹の顔」の一言をお守りに最後まで頑張ることができた。目標を明確化しそのイメージを共有することで、難しい仕事も完遂できる。

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