第30話.5日モデル
1969年
「ホンダN360」の、初めてのモデルチェンジのデザイン作業が難渋し、急遽別案を用意することになって、私がそのチーフに選ばれた。作業を開始して3日経ち、大まかな形状が見えるようになってきた。
が、ここからが正念場で、これまでのようにトントンとは行かない。限られた時間の中であれこれ考え、バンパーはN360ものを上下逆さまにして幅を広げてみると、かつて苦労した端末処理もうまくいった。
テールランプはN360に較べ位置を下方に移し、面積を大きく取れるようにした。さらに、リフレクターやエヤーアウトレット(風抜き孔)までテールランプにビルトインをする。苦肉の策ではあったが、意外とこれが功を奏して、これまでと違って見えると同時に、大いに手間も省け時間を稼いだ。
5日間で、ほぼ目標のところまで完成することができた。徹底した目標管理型の仕事ぶりだったのであまり面白い仕事とは言えず、途中、メンバーからの不平不満もなくはなかったが、完成した時はさすがにみんなで喜び合った。
誰もここまで出来るとは思わなかったと言う。秀吉の「三日城」ならぬ「5日モデル」である。所長の判断で、結局さらに一週間かけて、もう少し仕上げてみようと言うことになった。
今回の仕事の意味が日を経るにつれて判ってくる。最初に進めていたモデルが新しい方向を目指しているのは良いとしても、形の丸さと優しさが、本当にこの車にふさわしいのかどうかトップが判断に迷っていたことがひとつ、もうひとつは、いろいろなトライアンドエラーをしている時間が取れないと言うことだった。
そんな中、私たちの5日モデルは、これらを克服するための重要な役割を果たしたのである。最終モデルにはもくろみ通り、優しさの中にもしっかりした強さが加わり、別案で実験したデザインのいろんなトライアルも、そのまま生かされることになった。
のちに実施される「異質併行デザイン方式」は、ここから始まったのではと思っている。この直後、造形室が3倍くらいに拡張され2階に大移転した。その大きくなったスタジオで、N360のモデルチェンジは完了し、新しい4ドアの軽自動車が誕生したのである。
この4ドアはホイルベース(前後輪車軸間距離)の長さを見事に生かしたもので、藤澤副社長のアイデアだという。後席への乗り降りが飛躍的によくなったとの評判から、発売直後から大変な人気商品となる。この車は「ホンダライフ」と名付けられた。