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「監査役になる」とはどういうことか

監査役就任への迷い

前回までの2回で、東京のDX推進ベンチャー『株式会社INDUSTRIAL-X』の常勤監査役のオファーを受けるまでの経緯を書きました。しかしながら、正直なところ、この監査役のお話を頂いたとき、私の中で受けるべきか非常に悩んでいました。

悩んでいた理由は主に以下4つです。
①監査役の任期は4年で、特にIPOを目指すベンチャーの監査役が辞任すると上場に傷がつくため、一度就任すると簡単には降りられない。
②世間一般のイメージでは、監査役は50~60代のキャリア終盤のビジネスマンが就任することが多く、30代で監査役になるケースはあまり多くない。
③起業を少し経験して、経営の最先端でフロントをひっぱることに魅力を感じていた私にとって、バックでコンプライアンス違反を監視する監査役の役割は少し地味に感じた。
④常勤監査役は基本的に副業が難しい上に、年収が前職よりも下がる。

この中で、特に③は私にとって重要な問題でした。
結果はうまくいかなかったものの、起業にチャレンジしていた半年間は、答えのない世界で自分なりの創意工夫をしながら前に進んでいく事がとても楽しく、エキサイティングでした。(その分ストレスもありましたが…。)
私の中でこの経験はとても大きく、これから自分の人生をかけて仕事をしていくのであれば、同じような感覚をもって仕事をしたいと思っていました。

監査役経験者の知人や、その他友人、先輩と相談しても、
「水谷さんが常勤監査役をやるのは少し違うと思う。」
という感想が大半でした。

監査役という仕事は役割が比較的ファジーなので、会社によって監査役に期待することは全然違います。私が聞いた中で、ひどいところでは
「監査役なんて法律で求められるから置いているだけで、基本いてくれるだけでいい。むしろ経営会議などで発言されると迷惑。だまっていてほしい。」
という扱いのところもあるようです。
それは極端な例としても、監査役の存在はあくまで法令違反を見守る警察のようなもので、経営者との距離は決して近くない。非常に孤独な存在だ、というのが私にアドバイスをくれた人達が共通してもつイメージでした。

実際、今の日本ではこのような監査役像がリアルな実態なのかもしれません。これらの話を聞いて、一度は私は監査役の正式就任を辞退しようと思いました。

社長、取締役との話

まず初めに、紹介して頂いた取締役の方に、辞退の相談をしました。その時、
「あなたが抱いている監査役像は非常に古いイメージだ。これからの世界の潮流で、ガバナンスに対する期待値はますます上がっている。ESG経営はIXも推進支援していて、今後はただお金を儲けるだけの企業では市場からは評価されなくなる。そんな時代に、ESGの視点から会社の企業価値を高めるための適切な提言ができる監査役なんて、今の日本にはほとんどいないし、あなたにはそんな仕事ができる監査役になってほしい。」
という言葉をもらいました。

この言葉を聞いて、私は「この会社であれば、今までのイメージとは違う新しい監査役としての働きができるかもしれない。」と希望を持ちました。

その後、社長に面談をお願いし、関与の条件として
・ESGの視点も含めた企業価値向上のために、積極的に組織作りに関与させてほしい
・経営から距離を置かないで、常に最前線の情報を共有してほしい。その上で、経営メンバーとしてともに会社の将来を考える立場に置いてほしい。
という申し出をしました。

すると、社長から、
「経営、執行、監査の三権のバランスによって会社は迅速かつ公平な視点で意思決定することができる。そういう意味で、監査役はただいるだけで良い存在ではなく、同じ船に乗った仲間と解釈している。」

そのうえで、監査役に期待することは、以下の4つ
①経営とビジネスモデルを理解すること
②経営とビジネスモデルに足りない視点を補完すること
③リスクとガバナンスに対する市場目線での組織全体へのフィードバックをすること
④新しいマネジメント体系をリードして市場発信すること
と言われました。

この話を聞き、監査役の関与の在り方について、社長と完全に目線・期待値が一致したと感じました。これを受けて、私は監査役就任を受諾し、2023年5月から正式に株式会社INDUSTRIAL-Xの常勤監査役となりました。

やってよかったこと

監査役という立場は、特殊かつ難易度の高いポジションで、会社によって求める期待値も様々です。さらに、責任も重く、なかなか就任するにはハードルの高い役職です。
私は、今回やってよかったこととして、下記2点を挙げます。

①3か月の業務委託期間を経験し、社内風土や会社のビジョンを就任前に深く理解・共感したこと
②CFOや社長と何度も話し合いをし、1on1で食事にも行って、お互いの想いや価値観、期待値を事前にすり合わせたこと

是非、監査役就任を迷われている方は、結論を急がず、上記2点については事前にしっかりと目線合わせをすることをお勧めします。

就任にあたって会社に約束したこと

監査役に就任後、社内ツールで全社員に以下の約束を初心表明として投稿しました。

1.中長期的な企業価値向上のために積極的に働きかけをします。
・内部統制システム、リスクマネジメント体制、内部監査の立ち上げに積極的に関与します。
・オンスケで上場できるガバナンス体制を構築し、監査役面談や監査役関係の上場審査書類はノーミスでパスします。
・ステークホルダーの皆様に透明性のある開示を行える体制づくりをサポートします。
・組織構成員に向けた発信・教育を積極的に行います。

2.経営者の健全なリスクテイクをサポートする存在になります。
・ベンチャー企業が競争優位性を保つためには起業家精神に基づくリスクテイクが必要と理解しています。
・過度に保守的になり、経営者のリスクテイクを妨げることはしません。
・経営者が安心して必要なリスクを取れるように、不要なリスクを除去する存在であるよう努めます。

3.従業員がその能力とクリエイティビティを存分に発揮できる組織作りに貢献します。
・従業員が会社に対して余計な不安を抱えることなく業務に集中できる組織体制を整備します。
・従業員1人1人と相互に感謝・承認しあえる、誠実で明るい人間関係構築に努めます。

4.IXが一企業としてESG経営の模範となるよう努力し、日本全体の企業活動を良くしていく存在を目指します。

5.大阪在住のため毎日出社はできませんが、いつでもIXを見ています。
オンラインでの会議や連絡ツールを活用してコミュニケーションを密にし、常に会社の動向に目を光らせます。

就任後、業務を経験した感想

監査役に就任して半年が経過し、就任にあたっての初心表明はおおむね有言実行できていると感じています。(審査をノーミスでパスとかはまだまだこれからの話ですが…)

組織体制構築にも積極的に関与できていますし、従業員、経営者ともとても距離が近く、良好な関係が築けていると実感しています。

ただ、そうはいっても監査役というのは誰とも上下関係のない、指揮命令系統から独立した存在ではあるので、そういう面での孤独感は少しあります。
依頼や助言はあっても、業務指示やフィードバックを誰かから直接受けるポジションではないため、自分でやることを見つけていかないといけないのが大変です。大海原にコンパスなく放り出されたような感覚になることもあります。
ですが、一方で、そのような立場から自分の創意工夫と気付きで会社の価値に貢献できことは非常にやりがいが大きいです。

次回からは、日常業務で得たちょっとした気づきやノウハウ・書評など幅広く発信していきたいと思います。



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