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デッサン

やわらかく手に握った 鉛筆で
いままでにはなかった 素の線を
はじめに一本 薄くひいて
手をとめる。


あのひとが いなければ
描けなかった線が ある。
かつて 描いた最初の線は 
まっすぐには ひけなかった。
その 揺らいだいびつな線は 
そのひとから 受けとったものが 
描かせた。
実態のない 投影された世界が
ベッタリと 貼り付いていた。
ただの線であるはずが 深みまで
帯びていて 海の底のようだった。


わたしは その線に
風の音を 描いてみようとした。
だが それは透明すぎて
わたしを 聴こえなくしてしまった。


太陽に照らされた みどりの輝きを
描いてみようとしたが
それも あまりに眩しすぎて 
わたしの目は 霞んでしまうようになった。

大切なものを なくしてみて
どうでもいいものが 
どうでもよくなった。
それは かつて 風の音を感じさせる
緑の木々や 美しい青い海を 
わたしのなかから 枯れさせてしまったからだ。

わたしは 小高い丘のうえへ
ひとりで 登っていった。
行くあてが なく 丘のうえにある
あたたかい 古木に よじ登った。
太い枝に 腰かけようとしたら
そこには 仲良く暮らしている
一羽の山鳩と 一匹のねこがいた。
わたしは 彼らと一緒に腰かけて
彼らとおなじ歌を わたしのことばで
何度も うたった。
彼らは いつも そばにいてくれた。
かけがえのない 山鳩とねこだった。
そこからは 温かい家々が すべて
見渡せた。夕暮れどきで 白くて
いい香りのする 湯気が立ちのぼる 小さな煙突が たくさん見えていた。
愛するひとたちが 暮らす町が 
端からはしまで 見わたせた。


戻れないんだ という想いと
それでも 愛してる
それだけで 
愛せるだけで充分だった。
しあわせだと 感じていられた。
理想的だと思っていた 世界は
跡形もなく 破壊しつくされていた。
大事にしていたものが 瓦礫となって
も その世界を大切にしたかった。

ひだりに 山鳩 みぎに ねこを
大事そうに 小脇に抱えて
大きな木の枝に 腰かけて
ずっと うたっていた。
あしたはもっと 楽しくなるように。
あしたはもっと 楽しくなっているように。


それは 緑の木々や 青い海が
枯れてしまったあとの
わたしのこころの 原風景だった。
そこから 豊かにしてゆくのだと
だくさんの花の種をまいて
木の苗を 植えていった。
鳥がさえずり 花が咲きみだれる
豊かさに満ち溢れた世界を
ただ ひたすら 夢見るちからで
埋めてゆくのだと 土を掘り続けた。


相変わらず そばには 山鳩とねこ
しか いなかった。
満たされるには 充分だった。
雨が降ると 嬉しくなった。
山鳩と ねこを抱えて 海辺へ出かけた。砂浜に 山鳩と ねこのために
浅い穴をつくり 彼らをそこに大切に
そっと置いて 傘をさしかけた。
波の音と 雨の音が 混ざり合って
ひとつになった。
彼らは 言った。
それは 水の音だ。
水の音が 聴こえると。
楽しそうに 海と雨を 眺めていた。
素敵な 山鳩と ねこだった。



寄せては 引き 引いては寄せる
波を見ながら 思った。
誰かの かけがえのないものとして
あれなかったとして
なにが 哀しいのだと。
それらを越えたところにある 
すべてのものが
わたしにとっての かけがえのない
ものであれば それで 
充分だと思った。
そして こう思った。
こころの中から 戦争がはじまると。
瓦礫のやまを 眺めながら
そう 思った。


そして 誰もいなくなったら
この こころも
感情も 使えなくなるのだと
誰もいない世界を 想像した。



あたらしく ひいた 素の線からは
あたらしい世界が 描かれる。
どうでもよくなった線は 描かない。
その性質は 剥がれ落ちてゆくから
描こうとするものから 消えてゆく。
わたしだけの 主観的な世界だ。
変容してゆく わたしの残像が
かつて ということばを発して
化石のように 立ち並んでゆく。


描かなければ まるで それは はじめから無かったかのようなものに
なる。
気に入らなかったんじゃない。
わたしの消えていった記憶のように
見えなくなったから 繰り返し 
描かれなくなっただけだ。
どこにも引っかからなくなった線は
つぎからは 描かれないだけだ。



そうやって かつては描いていた
雑記帳のページを
一枚 抜きとって 捨ててゆく。
大好きで 大切なものの線だけを
描いていきたいと思う。
あたらしい 白いページをひらき
もういちど はじめの線を 一本
薄くひいて 描きはじめる。
終わりのない あそびを描く。
そんなことを 繰り返すのは
わたしが描く 自分の輪郭が
曖昧になってゆくからだ。
変わってゆく かたちが 何枚もの
白いページに わたしの線を描かせる。


誰がが そこにいて 
寄り添ってくださるから 見えてくる
わたしの主観 主観的にみたわたし
そのひとの主観が捉えた わたし
わたしのようであるもの。
あって なにもないようなところ。
そこへ 線を重ねて 眺めるように
性質をなぞるようにして 描いてゆくわたしだけの 単色の線の集まり。 
そして わたしではないもの。


好きなものは 確実に描いてゆく。
わたしは それに溶け込んでいる。
小鳥 ねこ 鳩 海 空 風 くも
山 樹 雨の日 晴れの日 星 流星
雪の日の凛とした空気 花たち・・
スキいただいたときに 登場する
黒猫のアルビー アルビーの肉球
そばにいてくれるひと みんな・・
ありがとう。
そんな線を 重ねるようにして
背筋をのばして 描いてゆく。

客観的に 受けとめられた かたちと
一致しない性質が そこには描かれていく。だからと言って その隔たれた感覚を 埋めるように 線をひくこと
は もう やめようと思った。

溝の向こう側にある 誰かの世界
それは そのひとの大切なもので
埋められて 出来上がった世界だ。
実体のないものに おたがいに
きっと 幻想を紡いで遊んでいるのだ。

そっと触れて 寄り添っていられるようにと 願う。願うのに 壊されそうになる。
わたしから 奪われてゆくような 踏みつけられてゆく 嫌悪感が纏わりつく。されど わたしのものなど はじめから どこにも なにも存在しない。


そんな線を 最後に一本 ひく。
たくさんの世界という 意味を
そこへ 置く。
誰も知らなくてもいい わたしへの
戒めでもある。
このからだと ともにあるあいだは
ひとつには 戻れない
どんな 気持ち 哀しみもある。
それは 分かち合えない 隔たれた
感覚とともにある。
いまのうちに パーティーさ。
そんな気持ちが いいと思う。
そんな気持ちが 自由でいい。




昨年の秋 通勤ラッシュと重なる
時間帯に 神戸方面へと向かう電車に
乗っていた。
あまりに重たいものが 乗り合わせた
ひとの重量以上に 感じられて
こわくなり 意識して願いごとを空間
へと流しはじめた。
おかしな感覚ではあったが わたしの
意識が現実であるようにと 電車が
事故を起こしたりしないことと 同じ
車両に乗り合わせた方たちが 今日も一日護られてあることを 願っていた。


普段は ラッシュ時とは重ならない
時間帯で 電車を利用しているため
あまり感じることのない 空気感に
久しぶりに触れて 圧倒されていたのだろうが 乗り合わせているひととの
距離も 近すぎて息苦しい。



誰にもわからないはずだった 
のだが その意識を 電車のドア
ひとつ分ぐらい向こうで 受けとった
男のひとがいた。


視線を感じて 目をやると
知らない男のひとが わたしと目を
合わせて そうだ その調子だと言う
ように 二度ちいさく頷いた。
感覚的には なかなかいいところを
いってるね という感じだったと思う。


伝わってしまったことが 理解し難く
気にしていないふうに 装って 願いごとを続けたが 恐らくそのひとには
わたしのこころの揺れも 届いていた
に違いない。 お互い ただの通りすがりのひとなのに こういうことがあると 面倒くさいなと思う。


関わらなければならない相手だと
もう少し 違うアクションで ぶつかるような感じがあるけれど すこし
冷やかしの 嘲笑を受けるような印象を受けた。 ご勘弁いただきたい。
そのちから つかうなら
ちゃんと 覚悟して 
こころ 定めたまへ。


なぜ 見透かされたのだろう。
異星人か もしくは エンパスさんと呼ばれる方だったのか。
世界は面白いなぁと 思う。

わたしが描く デッサンは 今日も
わたしの性質を うまく描けて
いるだろうか。
誰かが描く わたしという幻想は
どんな性質で わたしを描いて
いるのだろうか。


交わらない線を 
山鳩と ねこは 一本だよと言う。
彼らの眺める世界を
わたしは シンプルに夢見たい。


く 





 

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