やりにいってるに境界を引きます

セリリーン 
最近自分はやりにいってるなって思うと感動できなくなってしまいました。
俗にいう感動ポルノとかお涙頂戴って言われるやつ
そこで感動できない理由を考えた結果「やりにいってる」と悟ってしまうことが原因だとわかりました。
世界のどっかで起こったノンフィクションの感動的な出来事を、
エンタメ好きな人がドラマとか映画とかでフィクションの世界に無理くりその感動的な事象を組み込もうとする。
この無理矢理感とパロディしてる側の図太さみたいのがなんか嫌なんだと思いました。小説の見たことある展開とかもね。
じゃあオリジナルなものならいいのかと。
そう言うものでもない気がします。
SF系の小説でもなんか冷めるーってあるしな
そもそも感動するってハプニングみたいに起こらないと成立しないのかも。
偶発的で予想外であることって感動にめちゃくちゃ寄与してる要素だと思います。

僕がみてて感動したものをランキングにして逐一考えてみます

第一位 めっちゃすごいスポーツの試合(がばがば判定かい!)おもろーー

感動最高値でいうと多分一位がワールドカップドイツ戦
浅野のスーパーゴールでドイツ倒しちゃったとき脳が焼ききれるかと思った。
スポーツはシナリオ通りじゃないことが人工的に作られてます。
こいつは怪しいですよ。やりにいってるっちゃいってるもんね。
まあただやりにいってるやつ(スポーツ作ったやつ)の顔が浮かばないので反撃できないためスポーツは感動できる認定しときます。
今日だけだけどな!



あたしスポーーツだっーーーーい嫌-----い
だって意味ないモーーーーーーーーン

第2位 赤ちゃん

赤ちゃんなんか一番人工物だし一番やりにいってるっていうかやってるしな
なんだこれ おい!
一番感動から遠くにいるはずなんだけどな。
見ると感動します。かわちい
なんか純粋無垢で行動に悪意っていうか打算的なものを感じないというか
見返りを求めないやさしさみたいなものと似てるのかも。
これをイイものだと信じ込んでる自分もたいがいやばいけどこの価値観で生きてるもんだからしょうがない。
日本の道徳教育は洗脳だ! 道徳なんかいらないよ



男「これマンゴラッシーっていうラッシーよ!」
~インドのジュースイントロデュース男~(完)

アイデア浮かんだら追記するよー!
浮かびましたー


セーラー服着てる遠藤


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