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煙草と珈琲

彼と暮らし始めて何度か季節が巡った。駅からほど近い安いアパートには、2人のものが居心地良く溢れていた。出会った頃はメピウスを吸っていたはずが気づけば彼の手には電子タバコが握られている。
「ねえ」
いつものようにベランダに出ようとする背中を呼び止める。
「いつからそれだっけ」
指差した四角を見下ろして彼が首を捻る。
「さあ」
少し丸まった薄い体は頼りないはずなのに、どうしようもなく愛しかった。
「タバコ吸ってるの好きだったな」
温い布団から抜け出して背中を引き寄せる。
「珍しいね」
「セクシーだよ」
セクシーねぇ、と彼が吟味するように呟いてこちらに向き直る。コツッと音がして細長い指が額で弾けた。
「ばーか」
一瞬触れた唇は煙たいものではなくて珈琲の味がした。

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