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【小説】終わりの始まりは水鳥が羽根をたたむ様に静かに

自由の女神の千切れた鎖が左足とともに
「消失」した。
これで囚われていた過去も「消失」して本当の自由になったのだろうか。
いや、囚われて解き放たれたからこその自由なのだろう。勝利の自由、自由の勝利か。

10年程前から「消失」は始まった。

画像がドット抜けの様に何かにすり替わっていく現象何だが様々な場所、規模で現れ続けた。

不思議な事に自由の女神の足が「消失」しても倒壊するなんて事は無く、すり変わった何か別のモノになる。僕たちが知る…その…モノとか物質では無い何か…ダークマターって感じの黒い空間になるのだ。そして「消失」の中を水のごとくに透過する事が出来た。

「消失」現象はほぼ前触れも無く起きて人間社会を混乱に陥れた。

何しろ人間も例外無く「消失」していった。
身体の一部が「消失」した人が増えていき国に被害訴え、中心部分が「消失」した人は蛹の様に動かなくなった。

宗教家や政治家、何かわからないコメンテーターやオカルト専門家などがツバを飛ばして罵り合う番組ばかり流され、ある程度騒ぎ続けた後で人々は飽きてしまったのか平穏が戻り出した。

誰の責任でも無い未知の現象に被害者になり得ないと心の底ではわかってて諦めたのかも知れない。
わからないものを考えてもわからない。

しかしものは考えようで地震などの災害の様に倒壊しないのだから。

みんなただその生命の「消失」を怖れる様になって行った。
それもだんだんと「交通事故や事件に巻き込まれるのと変わらないだろう」になった。

そしてサラリーマンは満員電車に揺られ、悪人は弱者からあらゆる方法で金を奪い、マスコミはかつての世紀末商法で不安を煽り、未来があるかわからない学生は試験の為の勉強に精を出した。

世界の変わらぬ日常は認知バイアスの上に成り立っている。

「あぁ〜ダリいぜ!学校消失しねぇかな?」
教室で誰かが言った。
「消失」を日常に昇華したつもりでもやはり虚無感は否めずやる気は出ない。社会には首吊り台の距離が遠いから大丈夫って気分が続いている。

僕自身、国が誰かが何とかしてくれるって何て信じていないのに信じていると思い込んでいる。

もし世界が終わるなら一気に終わればいい。
今はじわじわと真綿で首を締めるとかそんな感じだから
「どうせ死ぬなら…」的な輩が増え世界の破滅は「消失」を追い越すだろうね。

将来の夢を語れないだけで人はこんなに辛くなるんだ。
席を立ち早退すると告げ家に帰る事にした。

その日の朝 僕の母さんが「消失」していた。

左手を残して。

調理中だったのだろうお玉を持っていた。左手はその温もりも変わらず動かないが生きている様だった。
そして元々片親だった僕は永遠に独りになった。

母さんはもしもの時の「消失」保険に加入しており僕に結構な保険金が支払われた。

本当に社会経済というものは大したもので破滅の寸前までも回り続けるのだろう、まるで泳ぎ続けなければ死んでしまうマグロだ。
保険か役所の誰かの話を聞き流しながら思った。

帰宅中公園のベンチに力無く座った僕は改めて世間を包む厭世観にウンザリしてた。
夕映えの空には所々に黒い「消失」が散らばりまるでプラネタリウムだ。昔母さんと行った時は小さかったので寝てしまったが、母さんは僕を起こすことなく内容はほとんど覚えていない。
優しく握られた左手の温もりですっかり安心したんだ。
そんな事を考えている内に「消失」は夜の闇に包まれてわからなくなった。昼間の穴だらけの空より幾分マシに思える。

もしかしたら「消失」は「無」でなく向こう側がある?
向こう側とこっちは「消失」で繋がっているから誰も死なない?いずれ総てが「消失」するなら向こう側はどうなるのか?
母さんは生きているのではないか?
ぼんやりとそんな事を考えていた。

この世界が仮想現実で神様か何かに創られたのなら「消失」の向こう側に本当の僕が居て、今の身体はアバターなら説明はつかないだろうか?

無理やり自分を納得させようとしているアンビレンツな感じを虚無感に包まれたもう一人の僕が見ている。
(寂しいって泣けばいい加減…)そう言ってる目をして。

「なんだよ、金はあるんだ!僕は向こう側に戻る方法を探すんだ!」
声に出して叫んでいた。
「こんな閉塞された寂しい世界なんか嘘っぱちの作り物なんだから!」
僕は世界を否定してやった。

その時ポ〜ンとサッカーボールが僕の頭上を越えてブランコの前まで転がった。
「お〜い!こっちに蹴り返してくれよ〜!」

暗闇で顔はよくわからないが知ってるヤツだった。
その時にこう思った。
向こう側に戻れば僕はプレイヤーだからどうしてもこのボールを蹴り返さなければ!やる気を出してこの偽物の世界に引導を渡す!
「オッケー!待ってて〜!」
走りながら(あんな奴クラスにいたかな?さっきは知ってる気がしたんだけど…)
柵に当り跳ね返った足元のボールを右インステップでターンした瞬間に

落下した。

いや落ちているのかもわからない!

視界は何と言って良いか真っ暗だ!
(暗闇に取り込まれた?)

「消失」だ!僕はついている!これでこのくだらない世界から「消失」出来るんだ!

嵐のような重力を全身で感じながら全身で
「消失」を受けようと全力で丸まった。
羊水に浮かぶ胎児の様に。



何も無い空間という表現はおかしい。何も無ければそこに立つ事すら不可能だから。

だけど見渡す限り白く続く場所としか言いようがなかった。

空…じゃなく、僕の上にはとんでもなく巨大な何かが何かを吹き出し続けていた。
それはピレネーの城の巨石に地獄の門を建て替えた様な異様な何かだった。

絶えず吹き出されるものはビルの欠片や車、そして誰かだった。僕もああやって来たのだろう。

「…まるで宇宙の子宮だ。」僕はつぶやき自分がプレイヤーなんかじゃないと覚った。
この足元にある砂の様なものは新しい世界を作り直す素粒子って所かな?手に取るとキラキラして綺麗だ。

僕はただのモブでプログラムだった。
でもこの綺麗なキラキラには成れそうだ。

終わりの始まりは水鳥が羽根をたたむが如くゆっくりと優雅に始まり、また終わりは終わり
そして始まるのだろう。








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